この自覚を得られた事も幸運であった。度重なる神秘至高体験も行幸であった。生まれた事も、あのカルシウム菓子を食べ過ぎた事も、他も全部連関連鎖しながら今に繋がっている、因果応報だな。人間万事塞翁が馬と言える。また自覚できる意識の上でも己の主要大部分中心核と再邂逅だ。また再び巡り会える。もう一度完全に自分となり戻って来る。枠は、心は宇宙に飛んで居る、常に全体全面そのものまで俺の中心核の中に居る。全時空間に遍満充満し存在している。だから自我で自信で16歳で全歳である。16歳も軌跡道程ごと埋め尽くし枠だ。中心核に引っ張って持って行ってもらい、自我で自信で中心核に近付け付いて行き中心核枠と成る。意識の上では時間の概念は完全に超えている、現実さえ超えている、だから現実にも不老不死身に16歳に軌跡道程に嘗ての自分に過去の全部の自分になれる筈だ、過去の自分だけは絶対の現実なのだから。神に中心核に全体全面そのものに俺に近付け付いて行きたい！！神とは人間がそうありたいと願うもの、現実的な存在として表象された人間自身の本質であり目標である。新しい哲学の古い哲学からの歴史的必然性あるいは発生は詳しく言えば次のようである。具体的概念、理念は、ヘーゲルによれば、最初はただ抽象的であり、思考の領域の内にのみある。神学で言われる世界創造以前の神の合理化されたものである。神が自己を外化し啓示し世界とし現実化するように理念も自己を実現する。ヘーゲルは、一つの論理的過程に変化した神学の歴史である。プラトンのイデアも思考の対象であり、天上の彼岸、即ち信仰、表象の対象もまた内面的な対象である。
