学問は博学よりも活学が尊い。
あの追浜古本屋店員の後悔が重い・・中古の自転車さえ有れば引き締まって恋人にして抱き捲る事だって・・チクショー！！これからだ、これから抱くんだ。人には誰にも生まれてきた意味があり、その人だからこそ果すことのできる願いがある。その願いを自覚して実現する過程にこそ本当の充実感や幸せはある。個が輝き全体が輝く。中心核の枠の意識、主要大部分中心核枠の心だ。人と人間と個体としても、主要大部分中心核枠の何もかも全部だ。大浦もショックだったけど和田でも羨ましいとは・・積み重ね上げた全軌跡道程も、生まれてから16歳までは個体枠に遍満充満する為、16歳で体外に飛び出し出てからは全体全面に一つに合一する為、そして中心核を創り造り作り出し上げる為だ。窮地にあっては救い、自己の存在が至福な確認を受け、その意義を解き明かされる。暗い衝動に憑かれた人間である芸術家の渇望、すなわち精神的支柱を求め、思想による根拠づけと教示とを求める渇望が、絶妙完全に満たされた。あらゆる精神史においても一番。青春の精神的陶酔、憂愁と感謝の念に満ち満ちた受胎の幸福への思い出が甦ってくる。世界を批判し秩序づける書物、衝動と精神、意志と観照とに関する認識の詩、芸術家の形而上学であります。未知の大きな感謝の念に満ちた満足感に満たされた。ここに圧倒的に優れた頭脳が人生を、この強力で残酷で侮蔑的な人生を掴まえて圧伏し断罪するのを見て、たとえようもない満足を覚えた。それは、人生の冷たさ厳しさを前にして、いつも恥ずかしい思いで良心の痛みを覚えながら己の悩みを隠し続けてきた悩める男が、突然、偉大な賢者の手から、この世界のために悩む根本的な厳粛な権利を授けられる、そういう満足感なのである・・考えられるあらゆる世界のうちで最善のこの世界が、実は考えられるあらゆる世界のうちで最悪のものだと、冗談めかした侮辱を込めて証明されているからであった。それは再び浮かび上がってくる、嘗ての感謝と賛美の言葉、永遠の余韻にうち慄える深い喜びに対する感謝と賛美の言葉、短い深い眠りから目覚めた夜半のあの時への感謝と賛美の言葉、突然の甘美な驚きの目覚めであった。物事は心に基づき心を主とし心によってつくり出される。清らかな心で話したり行ったりするならば福楽はその人に付き従う。怨みを捨て怨みが息む。道に思いを凝らし堪え忍ぶこと強く常に健く奮励する、思慮ある人々は安らぎに達する。これは無上の幸せである。賢者が精励修行によって怠惰を斥けるときには知慧の高閣に登り、山上にいる人が地上の人々を見下すように。心は動揺しざわめき護り難く制し難い。英知ある人はこれを直くする。心は捉え難く見難く微妙で軽々とざわめき欲するがままに赴く。遠くに行き独り動き胸の奥の洞窟に潜んでいる。真理を喜ぶ人は心清らかに澄んで安らかに臥す。聖者の説きたまうた真理を賢者は常に楽しむ。賢者は自己を整える。深い湖が澄んで清らかであるように、賢者は真理を聞いて心清らかである。死の領域を超えて彼岸に至る。心の汚れを去って己を浄めよ。現世において全く束縛から解きほごされている。正しい知慧によって解脱して安らいに帰した人の心は静かである。言葉も行いも静かである。戦場において百万人に勝つよりも、唯一つの自己に克つ者こそ実に最上の勝利者である。寿命と美しさと楽しみと力が増大する。自己こそ自分の主である。自己を良く調えた人こそ得難き主を得る。自分の目的を熟知してつとめに専念せよ。白鳥は太陽の道を行き、神通力による者は虚空を行き、心ある人々は悪魔とその軍勢に打ち勝って世界から連れ去られる。大地の唯一の支配者となるよりも天に至るよりも全世界の主権者となるよりも聖者の第一階梯（預流果）の方が優れている。正しい悟りを開き念いに耽り瞑想に専中している心ある人々は世間から離れた静けさを楽しむ。神々でさえも彼を羨む。既に虚妄な論議を乗り越え憂いと苦しみを渡り安らぎに帰した。飢えは最大の病であり、形成せられた存在（＝我が身）は最も酷い苦しみである。この理をあるがままに知ったならば、ニルヴァーナという最上の楽しみがある。健康は最高の利得であり満足は最上の宝であり信頼は最高の知己でありニルヴァーナは最上の楽しみである。怒りを捨てよ。慢心を除き去れ。いかなる束縛をも超越せよ。一切の形成されたものは無常である（諸行無常）苦しみである（一切皆苦）一切の事物は我ならざるものである（諸法非我）と明らかな知慧をもって観るときに、人は苦しみから離れる。清らかになる道である。実に心が統一されたならば豊かな知慧が生じる。常に身体の真相を念じている。瞑想を楽しんでいる。雪を頂く高山のように、善き人々は遠くにいても輝く。努め励むのを楽しめ。己の心を護れ。自己を難処から救い出せ。泥沼に落ち込んだ象のように。前を捨てよ。後を捨てよ。中間を棄てよ。生存の彼岸に達した人は、あらゆる事柄について心が解脱している。悟りの究極に達した、これが最後の身体である。我はすべてに打ち勝ち、すべてを知り、すべてを捨てて愛欲尽き、心は解脱している。自ら悟った。仏の教えを喜び慈しみに住する修行僧は、動く形成作用の静まった安楽な静けさの境地に到達する。自ら自分を励ませ反省せよ。自己は自分の主、自分の帰趨である。故に自分を整えよ。幸いな安らぎの境地に達する。束縛を断ち切り執著を超越する。最後の身体に達した。明らかな知慧が深く聡明で種々の道に通達し最高の目的を達した。この障害・険道・輪廻さまよい・迷妄を超えて渡り終わって彼岸に達し、瞑想し心安らか、人間の絆を捨て天界の絆を越え、すべての絆をはなれた、全世界に打ち勝った英雄、雄々しく気高い英雄・大仙人・勝利者・沐浴者・覚った人（ブッダ）、前世の生涯を知り、また天上と地獄とを見、直観智を完成した聖者、完成すべきことをすべて完成した人・・彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。太陽は昼に輝き、月は夜に照し、武士は鎧を着て輝き、バラモンは瞑想に専念して輝く。ブッダは常に威力もて昼夜に輝く。
