広げ広がり続けた領域も積み重ね上げた軌跡道程も枠に繋がり枠のものだ。
俺の広げ広がり続けた領域も積み重ね上げた軌跡道程も枠である、俺の16歳も中心核も枠である。枠を中心核に置くことは簡単容易だ。そのもの全体全面まで広げ広がり続けた領域から枠に集め集まることは簡単容易だ。積み重ね上げた軌跡道程も枠であるのは真実現実だ。若し本当に、広げ広がり続けた領域から気も力も能力もエネルギーも枠に集め集まるとするなら、積み重ね上げた軌跡道程も枠になる(その為に積み重ね上げた？)とするなら、恐ろしいほど物凄まじいことになるぞー・・枠にとっては嘗て持ち有し存在した何もかも全部が自身に還って帰って返って戻って来る。個人体としての枠の体外まで広げ広がった領域から書き込み入れ印刷した字から枠に来る・・領域の字の効果が枠に一気に出る。行先に相手に対象に成るんだ。あの杉崎勝に針金を投げつけぶつけた時とチャイコにスリッパを投げつけぶつけた時の腕の形が似ている、同じだ、森瞬はサイドスローで投げるの上手いよね。フランスのパリのシャンゼリゼ通りでも家でもネット喫茶でも中央図書館でも他でも何処でもインターネットに書き込み入れたから全世界中と繋がり結び付いている、何もかも全部俺の枠のもの、図書館も俺の枠の中、図書館の全知識教養も枠にある。今中央図書館で書き込み入れた。16歳から生まれ始まり広がっている軌跡道程は中心核だ、枠自体全身丸ごと中心核に近付け付き移動し完全に一つに再融結合一し同一体化し中心核枠と成る。今に至っては、領域も恐ろしく広げ広がったし、そもそもの始めから16歳も軌跡道程も中心核も俺なのだ、だから枠を中心核に置くことは簡単容易な筈だ、今直ぐにそうしてなってくれ。16歳も軌跡道程も嘗ての自分、中心核こそは過去の自分、過去の自分と一つになるのだ。過去の枠さえ今の枠に過去の自分さえ今の自分に居れば有れば存在すれば・・何時も全身黒ずくめの服に帽子を被っている男性、顔も身体も見た目も超タイプだけど、独特の異様な雰囲気があるというか・・凄まじい眼力である。理想の自分の自己実現、理想の相手と一つになること、若いんだから両方一緒にやるべし。俺の枠の圧倒的なエネルギー流に巻き込まれる・・全身から絶対圧倒超人的な気がエネルギーがオーラが噴出し発散されている。自分自身を対象に注ぎ込んで対象に成る。感情の起伏は超激しい。感覚界を越えていく道を求める人なら、もう一つの世界を洞察することによってのみ、人間生活の価値と意味が見出せる。「現実生活においても」真に生きる態度が学べる。この洞察は人生の諸原因を認識することを教える。人生を理解する人だけが本当に実際的人間になれる。真実の内容は体験される。霊学はこの意味においてのみ価値を持つ。宇宙のはじめとおわり、存在の目的、神の本質をすぐに問おうとすることは、確かに人間の本性に基づいている。魂の営みの充実と内的平静、この解答如何にかかっている。魂の内部で多くの側面での拡大と深化とを遂げた。真の本質を認識させる内的感覚器官の存在を自己の内に感じた者は語ったり書いたりしてきた。隠された叡智を獲得した者は、健全な眼の持ち主が色彩を知覚するのと同じ確かさで、その叡智が自分の中に生きているのを感じる。高次の感覚が開けた。低次の物質的現実界も高次の霊的現実界も、同一の根本存在性の二つの側面である。人間は三重の仕方で世界と結びついている。第一に人間は、所与の事実としての眼前の世界と結びついている。第二の仕方によって、人間は世界を、彼自身の要件、彼にとって有意義な何かにする。第三の仕方を、彼は絶えず努力すべき目標と定める。人間は体と魂と霊とから成っている。体を通して一時的に自分を事物と結びつける。魂を通して事物が与える印象を自分の中に保持する。霊を通して事物自身が自ら保持しているものが彼に啓示される。人間をこの三つの側面から考察するとき、初めて人間の本性の解明が期待できる。人間が三重の異なる仕方で世界と同質の存在であることを示しているからである。体としての人間は、感覚に対して外から自己を現すところの事物と同質である。外界の素材が人間の体を構成している。外界の諸力がその中にも働いている。外界の事物を感覚によって観察するのと同じ仕方で、自分自身の身体的存在をも観察できる。体的事象のすべては、身体的諸感覚によっても知覚できる。人間の体的存在は万人の眼に明らかである。魂の存在を自身の内部に自分の世界として担っている。霊によって外界が高次の仕方で人間に示される。外界の秘密が明かされるのは、人間の内部においてであるが、しかし人間は、霊的存在として自分の外へ出て行き、そして事物に事物自身のことを語らせるのである。事物自身にとって意味のあることを。人間は星空を見上げる。魂が受ける感動は人間のものだ。彼が思想として霊において把握する星々の永遠の諸法則は星々自身に属している。かくして人間は三つの世界の市民である。その身体を通して彼は身体が知覚するところの世界に属し、その魂を通して彼自身の世界を構築し、その霊を通して両者の及ばぬ世界が啓示される。
