ただ未来を築く者のみが、過去を裁く権利を持っている。
前方を眺め一つの大きな目標を掲げる、周りに大きく広い希望と希望に燃える努力との柵を巡らす。心の中に未来に相応しい像を描け。私は私の上に、私自身があるよりも高く、より人間的なものを見る。君たちは皆それに到達するように私を助けてくれ。認識することと愛することとにおいても、見ることと為しうるということとにおいても、自分が充実し無限であると感じ、その全身全霊をもって事物の判定者と価値測定者として、自然の内外と固く結びついているような人間が、再び出来上がるであろう。愛のうちにのみ魂は、明晰で自分自身を切り虐み軽蔑するような眼差を受け、自分自身を超えて見ようとする隠れている高度の自我を全力をもって求めようとする、あの欲求をも獲得する。来い助けてくれ作り上げてくれ、連関のあるものは一つに組み立ててくれ、我々は全体となることを熱望している。「ディオニュソス的」という言葉をもって表現されるのは、統一への衝迫であり、人格、日常、社会、現実を超え、推移の深淵を超えて、掴みかかることであり、ほの暗く充実した漂うような状態に、情熱的に苦悩しつつ充溢してゆくことである。すべての転変のうちにあって同じであるもの、同じように力強い浄福である生の全性格に対して、歓喜して肯定することである。大きな汎神論的な同楽同憂の共感であり、それはまた最も恐るべき問題を含む、生の諸々の特質を是とし、神聖化するものである。生むこと、実ること、回帰すること、への永遠の意志であり、創造と否定との必然性の統一感情である。「アポロ的」という言葉をもって表現されるのは、完璧な即＝自＝在への、典型的な「個」への、単純化し抽出し力強く明瞭に典型化する一切のものへの、衝迫であり法則の下における自由である。これら二つの、自然＝文化力の相反に、芸術の生殖作用というものは必然的に結びついているのであり、人間の生殖が両性の相反に結びついているのと同じである。力の充溢と抑制、冷たく高貴で控目の美における自己肯定の形式。ギリシャ的意志のアポロ主義。繋がりたい一つに全体になりたい自分の領域を何処までも広げ広がって行きたい。世界全体さえ枠の延長なのだ。
