一点突破全面展開だ。
人類の創作活動は、多くは過去や同時代の芸術的・文化的資産を吸収し、その資産に刺激を受けて進められるものである。したがって、創作活動を促進するためには、できるだけ多くの著作物が、可能な限り自由に共有できる状態にあることが必要である。現実の話、人脈広く深い人や情報早く手に入る人ならインサイダーやそれに近い事はある程度やり放題だろうと、だから結局は、俺の枠の力で何もかも全部自分自身に集め集まるだけだ。そのもの全体まで広げ広がり全面まで埋め尽くし中心核まで枠ごと一つに合一する俺だ。この中心核への抜け殻残骸枠よりも、広げ広がり埋め尽くす俺こそが自分自身だ。今日で、自分自身であるという意識も、この枠から、16歳から軌跡道程から中心核に、更には、そのもの全体全面まで俺に、移す移る移動する。今日で完全に枠ではなくなっている枠を超え越え辞めている。そのもの全体全面まで俺から枠ごと矯正することは可能簡単容易な筈だ。16歳から軌跡道程から中心核から全体全面まで一本線が突き抜け通っている、その線に丹田から枠も一つになる、向かって行き矯正しされ同一線となる。あの16歳であれほど優れ素晴らしく良く充実した状態から壊し壊され壊れ、地獄のような軌跡道程を辿ったんだから、これだけ苦しんだんだから、代償は物凄く大きい。後に来る最終的合一の為に必要な生みの苦しみだったんだ。丹田から枠の線も行き先の向こうの線に一本化されるのも後少しだ。彼はこの世の頂上で成長した。また16歳と軌跡道程と一つになり顔も身体も若返り、丹田から枠も16歳から軌跡道程から中心核から全体全面に同一本化しされ俺となる。天才的作品においては、法則というものは必然的な偶然である。この特殊な根源的場合を離れ一般化された法則は、本質論的なものになり、沢山の形式主義的な批評家を生む。彼は征服者であり創建者であり国の父である。事実上、彼はすべての職務を一身に総覧する。彼は自分の栄光を確かな基礎の上に立て、自分はその一番上の階段に立っていた。このようにして彼は目的を達した。彼の追憶の中には、生命に輝くこの時代が、最も愛らしい姿をとって宿り続けるであろう。彼の少年時代は、隅から隅まで賑やかな祝祭の響きに鳴っていた。一日一日が、彼の若い情熱に対して、彼に歓びをもたらす未知の国であり、一夜一夜が、青い絹のように優しい愛撫で彼を魅するお伽の城であった。青年期が近づくと、彼は、この静かで孤独な生命が魂の中で騒ぎ始め、春が彼の目覚めた精神の中で歌い始めるのを突然として意識した。彼は郷愁によって潔められている。すべての動作において若々しく、欲望の内面に静かな幸福を与える目的を見出している。その目的は一層深い完成の象徴のように静かに眺められている。彼は豊かな永遠を感じる。我々は永遠を必要とする。永遠だけが、我々の所作に十分の空間を与える。限界の内部に一つの無限を創造する。爾来、我々は幾多の世紀が流れ去るのを見た。偉大な春がそれらの世紀の中で自由に花咲いた。我々はこの内密な美しさを再び理解し発見した、我々の愛がその美を成熟させる。新しい恐怖には新しい幸福が続く。いつでもこのとおりであった。必要なのは力だけだ。良い言葉を述べ伝えるための残りの全てのものは自分の中にあることを知っている。愛する人よ、巡礼に出かけて行きたいのは貴方の魂の中だけだ。深く深く貴方の魂が寺院になる所まで。其処で私は貴方の壮厳さの中に私の郷愁を聖体のように高く挙げたい。これが私の望みだ。自分の中に、どれほど永遠があるか。永遠の感覚を持つ者は、すべての恐怖を越える。一つ一つのものは自分の意味を持ち、全体が平和と安定と均衡とに満ちた調和のある一体を形成している。彼は自分の中に無限の豊かさを感じる。慈愛の心、渾倫通徹、内より外に及び、至らずという所なく、達せずという所無うして、正に之を仁と謂う。人を慈しみ愛する心が全身を貫くように満ち溢れ周りにもあまねく行き渡っている。
