丹田も枠も俺も同一人物、時間的経過と空間的拡大をも顕す現す表す。〈始源〉かつ原因は、自らが原因たるものとして作用させるものに対してそれが与える全てのものを、自己の内に包含的かつ絶対的に所有している。軌跡道程も、あの種子的な能力の原因にして創造者のうちにあるものとして観る。こうして更に私は、軌跡道程を種子的な能力の展開として、種子を全能なる能力の展開として観る。絶対的能力として存在する。私の神よ、こうして全体は、私の神である貴方に於いては、貴方御自身であるのであり、それは貴方に於ては真理にしてそれ自身の原像なのです。同様に貴方の内の種子も真理にしてそれ自身の原像なのです。貴方は全体と種子の両者の真理にして原像なのです。あらゆる知識も概念も超越する。万物を明らかに観る。彼はあらゆることを知る。主よ、貴方を所有する者は万物を所有し、貴方を観るものは万物を観る。万物に於いて万物である貴方御自身を私に与えて下さい。天と地とその内なる万物を既に同時に与えている。《汝は汝のものとなるべし、そうすれば私さえも汝のものとなる》祝福されるべきものとして存在している。魂を慰め励ます。あたかも自分自身の贈り物であり、あらゆる希求に価するものが納められている無限の宝庫であるかのようにして、貴方を享受するに到る。貴方は時を超えて万物を同時に観るのであり読むのです。実際には運動は永遠に於いては静止である。私は自身の内に万物を観る。全体と個々のものを同時に見つめる。種に存在を賦与する形相とは絶対的形相、そしてこれこそ天と地と万物の創造者である神、貴方なのです。いわばあらゆる人間の原像であり人間そのもの、つまり絶対的人間として、私に現れてくれる。同様にして私が、あらゆる種において諸々の形相の形相へと向け直す時に、貴方は万物において私に、それらのイデアにして原像として現れてくれる。貴方は絶対的かつ一なる無限な原像、形成されうる万物と個々のものの最も真にして十全なる原像です。貴方の本質が万物を貫通しているのであれば貴方の眼差しも同様です。主よ、貴方は、万物に対して個々のものに対して同時に全体として付き添って存在している。更に貴方は、把握されたり名付けられたりすることが可能な全てのものを遥かに凌駕しており、それらからかけ離れている。いかなる静止と運動をも超えて、最も解き放たれた無限性において存在するもの、実際無限性の後に初めて、運動や静止や対立、その他一切の事柄が言表され把握されうる。私は身をもって分かる。自分が闇の中に歩み入って、理性の全ての能力を超える「反対対立の合致」を許容し真理を探求する。知性的な最高の上昇さえも超えて進み行き、真理から最も離れているものであると全ての知性が判断するようなものに到達するならば、其処にこそ、私の神よ、貴方は居られる。貴方は絶対的な必然性、必然性が一層真なるものとして輝き出る。立ち止まるな、常に変化変質変貌変容変身し続けろ、変わり続けろ。皆背が高いね。「そんな奴等とは全然違うんだ」遥かに優れ千切ってぶっ飛ばし飛んでいる。昇龍から亢龍！！亢龍とは即ち天の極点まで昇り尽した龍のこと、極点までいってしまう。御前はこの地上で無敵となった。常に先へ先へ進め、先を先を目指せ、先頭に立ち続けろ、最先端を走り続けろ！！相当屈折しとるな・・あらゆる上述のものからはかけ離れた絶対的なものとして更に無限に高く引き上げられたものとして存在している。貴方の無限な力は、鏡のようなものも種子のようなものをも超えており、更に放射と反射の一致をも超えており、更に同時に、原因と原因づけられるものの一致をも超えていること、更には、この絶対的な力は絶対的な<観>であって、それは完全性そのものであり、あらゆる観るための様式を超えている。貴方の本質<存在性>としての貴方の<観>は完全性を説き明かすあらゆる様式である。貴方は同時に観る主体であり観られる客体であり観ることそのものである。貴方は貴方自身を観るように貴方自身を創造する。絶対的で無限な神よ、貴方はこのような創造することと創造されることの一致をさえも超えて存在している。貴方は《創造しつつある創造者・創造されることが可能な創造者・被造可能な創造者》あらゆるこのようなものを無限に超えて絶対的に高く引き上げられたものとして存在し、創造者よりも無限に優っている。永久の世にわたって貴方に賞賛と栄光が捧げられますように。私は貴方が全てのものと個々のものとを同時に観るということを身をもって明らかに経験する。主よ、貴方にとっては世界全体であり、嘗て存在した現に存在しこれから存在しうる一切個々の被造物である。主よ、貴方に希望をかける者たちの最高の慰めである貴方は、私でさえも自らの経験に基づいて貴方を賛美してみるようにと鼓舞してくれる。もしも私に、主よ、最高の能力である貴方に存在するような力があるならば、観られることと観ることが合致し、語ることが聞くことと合致するような力があるならば、全ての人々とその個々の人の言うことを同時に聞き、そのように彼らを観て更に同時に語りかける。私は語りかけつつ同じ瞬間に全ての人々とその個々の人の答えを観たり聞いたりすることになる。己の全身から全部の力を引っ張り引きずり出せ絞り搾り取り出し切れ！！万物は同時に存在し、多くのことが継起的に存在する。貴方の〈言葉〉でもある一なる貴方の把握が万物とそれの個々のものを包含している。貴方が永遠性において把握しているから万物が現に存在している。永遠性における継起は継起なしの永遠性そのものであり、主なる神よ、貴方の〈言葉〉そのものです。永遠性においては、あらゆる時間的継起がその永遠なる今に一致する。未来と過去が現在と一致する場所、過去に存在した現に存在し未来に存在するであろう何もかも全部が一気一挙一度に存在する。嘗て有った現に有るこれから有ろうとする何もかも全部が一気一挙一度に有る。嘗て自分自身に起った全部の事件が今同時に起こる。私の神よ、絶対的永遠性である貴方は「今」と「その時」を超越して存在する。過去も未来も全部の時期あらゆる頃あらゆる時が同時に居る有る存在する、だから16才宇宙最高も引き締まっていた時も絶世の美男子に近かった時も良かった頃素晴らしかった時も駄目だった頃ゴミだった時も美しかった醜かった背高かった低かった優れていたゴミ人間だった全部の期間も同時なのだ。またしても精神的危機的状況・・「初めに言葉があった。言葉は神であった。この言葉は、初めに神と共にあった。万物は言葉によって成った。言葉の内に命があった。命は人間を照らす光であった。言葉は肉となって私達の間に宿られた。私たちはその栄光を見た。独り子としての栄光であって恵みと真理に満ちていた。」この思想伝統の只中においては神的な言葉と人間の言葉とが、原像-似像の関係に立っており、その意味で人間の言葉もより積極的な意義を有している。我々の主なる神よ、貴方は祝福されるべき方です。包含と展開の合致の向こう側に貴方を見出すために、もう一度戻る。私が貴方を、万物を包含している力として見出す時、私は入っている。私が貴方を、万物を展開する力として見出す時、私は出ている。私が貴方を、万物を同時に包含
