何もかも全部中心核枠に集め集まる。無限の力で動け動かせる。やけに武張った像が突っ立っている。自分自身で実践を通じて解脱への道を歩む。特異な能力を展開させ欲望に基づく悪への性向を克服し、一段と高い意識段階に到達し、個人格の完全な改造を体験するに至る。世界が永遠か否か無限か有限か解脱後も個人として存在するかどうか。我等まさに為したることの果を享く。この世は苦悩である。故に、それを離れよ。有限な一切のものを離れよ。解脱法の目標は涅槃である。涅槃は世界の基盤よりは解脱の目標として、その限りでは絶対境である。最初の時期には、独一の存在への到達ということを一段と強調し、純粋な命我の本性を完全に実現し、命我の完全な独存を達成する。仏陀の涅槃は一つの過程、即ち生死転生の過程が終了すること、火が燃え尽きる時、一つの過程は終熄する。一切の情動の終熄、完全な解放であり、形而上学的には永遠無限無始である。涅槃は体験すべきものであり生存中に必ずや体験できる。必要だから神の命令だからそれ自身目的だから。貪欲・憎悪・傲慢・疑惑・怠惰・自己欺瞞などの煩悩(憂い・悩み)は、無知無明・・四つの聖なる真理、人間・輪廻・解脱の無知迷妄に基づいている。再生の可能性を内に秘める潜在意識を日常の意識状態にまで引き出して制御する事に全力を傾ける。あらゆる存在の成因は、たとえ一つ一つが孤立していようとも業の作用によって結合し束あるいは流れとなって同じく諸方から構築された存在に固着する。その総和が業の残余分を次いで存在の将来の運命を決定する。唯これのみが実在とされる諸法は精神的というより自然的物質的である。諸法は結合して変遷し続ける経験界の諸現象を作り出す。再生の過程、因果の連鎖、条件による生起の理論、十二因縁説、再生を惹き起こす業、業による生成、取著、一つの過程が展開し続ける為の基盤、行為を企て欲望に合った対象へと向う働き,執着に縁って生じる。その欲望のあるがままに､従って意向を起こす｡意向のあるがままに､それに従って行為を為す｡如何なる行為を為すとも人は､その効果を得。過去の行動が持つ機能的素因に基づき、潜在意識中構成力が､新しい今日の原因または誘因であり､今日の生存に於ける最初の成因は意識の目覚めである。新しい経験的個人の誕生、意識を具え活動力を持つ十分発達した存在への展開、特定の目的物を求める努力が生じ性欲などが目覚める。現存する存在が世界に対して起こす反応と生じる新しい業の形成を表す。精神の厳しい鍛錬と物質的補助手段の助けで段階的に次々と昇って行く。自己以外の事物の観念を喪失し､深い内心の平和の中に､完全に自己自身に集中した時生じる至福の悦びを見出す。平安と寂静の中に住し、修行者の人格中に変化が起り聖者･資格あるもの･応供･阿羅漢･高度の神秘家になる。聖者の位に達した修行者は超自然的な霊力を持ち､物質的な肉体から放射した霊的,気体状の身体･色心の為､彼の周囲一帯には幸せを生む力が放射する。幻想的な暗示が現実に展開するのを高度な心的状態の中で体験する。主観的確信は心の中に存在し、完全智に到達したこと、全課程を修了し、自らが聖者となったこと、解脱に達したことを知る。涅槃への願いを育み成就する正しい瞑想,組織的鍛錬によって達せられる法悦の境地こそ仏教の本質的部分なのである。
