自ら思索を続け、その結果を次第に纏めて漸く探り出した一つの真理、一つの洞察も、他人の著した本をのぞきさえすれば、見事に完成した形でその中に収められていたかも。自分の思索で獲得した真理であれば、その価値は書中の真理に百倍もまさる。その場合にのみ真理は我々の思想の全体系に繰り入れられて不可欠な有機的一部となり、この体系と完全に固く結合し、整然と論理的に理解される。その真理はそのそなえる色彩、色調、特徴からして、いずれも我々自身の考え方から生まれたことを示している。その真理はちょうどそれを強く要求している時に現れたので、精神の中に確乎たる位置を占める。汝の父祖の遺せしものを、己のものとすべく、自ら獲得せよ。自ら思索する者は自説をまず立て、後に初めてそれを保証する他人の権威ある説を学び、自説の強化に役立てる。書籍哲学者は他人の権威ある説から出発し、他人の諸説を本の中から読み拾って一つの体系をつくる。その結果この思想体系は他人から得た寄せ集めの材料から出来た自動人形のようなものとなるが、それに比べると自分の思索でつくった体系は、いわば産み落とされた生きた人間に似ている。その成立の仕方が生きた人間に近いからである。すなわちそれは外界の刺激を受けて身ごもった思索する精神から月満ちて生まれたのである。自ら思索する者の精神的作品は一枚の美しい生き生きとした絵画、光と影の配合も正しく、色調も穏やかで、色彩のハーモニーも見事な生き生きとした出色の絵画の趣を呈する。他人の思想はそのどれをとってみても、それぞれ異なった精神を母胎とし、異なった体系に所属し、異なった色彩を帯びていて、各々が自然に合流して真の思索や知識、見識や確信に伴うはずの全体的組織をつくるにいたる。創世記のバビロンを想わしめるような言葉の混乱を巻き起こしたり。思想家には多量の知識が材料として必要であり、そのため読書量も多量である。だがその精神は甚だ強力で、そのすべてを消化し同化して自分の思想体系に併合することができる。その精神はたえず視界を拡大しながらも有機的な組織の壮大な洞察力の支配下に、その材料をおくことができる。
