東洋哲学も西洋哲学も相当深く難解な部分まで理解できる。
文系と理系の垣根はかなりなくなり曖昧に、あらゆる全部の専門分野は全体の中の普遍的真理に繋がる連関だと言える。中心に据わり現実特殊的な内容まで演繹的に導き出す、人生の目標の一つだ。大体鎖骨折る前に苫小牧丸井今井に行った時も女子店員に良い感じを向けられたのに、鎖骨折ってまた駄目になってしまった。これで枠は今日から16歳とも軌跡道程とも全体全面とも完全に合同一体化する。そのもの全体全面まで俺から16歳から中心核も丹田から枠も一つに纏め纏まる。あらゆる原因によって駄目になってしまった何もかも全部を今完全復活するんだ、枠がマトモにマシに優れ女も抱けるなら死の危険から逃れ生きていられる。負の−のダメージの回復、あらゆる全部の原因理由による完全復活、穴の空いた残っている部分も全体全面全部を埋め尽くす。枠の穴、枠の傷、枠の足りない部分、枠の背丈、枠の筋肉、枠の力、枠の能力、全部増強補給補充し埋め尽くす。そのもの全体全面まで広げ広がり続けた領域と共に枠の肉体も増強される。筋肉増強剤とイリザロフ法で筋骨肉逞しく背高く身体大きく枠自体の占める領域も増やす増える。俺の枠の完全復活、俺の枠の完成だ。全時空間も軌跡道程も同時に意識しているから全歳だ。全世界中を縦横無尽に暴れまわる。全部は因果応報、人間万事塞翁が馬、部分が部分を誘発し滅し融合し分裂し、またそれが新しい部分の材料になる。全体の中の中心と一部、各部分が時空間的に連関連鎖しながら生々流転を続ける。上へと道は行く、種族を超えて超種族へと。すべて自分のために。上へと心は飛翔する。心は肉体の象徴であり或る高まりの象徴である。肉体は高められ復活する。その歓喜をもって肉体は精神を狂乱させ、そのために精神は創造者となり、尊重する人、愛する人、万物の恩人となる。精神も美徳も幾百回となく飛び去り自己を掴み損じた。肉体の中には今もなお、すべてのこれらの迷妄と錯誤とが住み着いている。知ることによって肉体は浄まる。知をもって試みながら高まってゆく。認識する人には、あらゆる衝動が神聖なものとなる。高められた者には魂が悦ばしいものとなる。前人未踏の無数の小径があり、無数の健康と隠れた生の島々がある。大地は治癒の場となる。常に自らを克服する。およそ起りうる一切のものは既に起り為され走り過ぎた？一筋の長い永劫の小径が後へと走っている。背後には一つの永遠がある。一切が既にあったとすれば、お前はこの瞬間についてどう思うか。万物はかくのごとくに固く結ばれ、この瞬間は一切の来るべき事物を自分の後に引き連れている？自分自らをも。永劫回帰。すべての欲求は永遠を欲する。自身の光の中に生きていて、出て行く焔を、また吸い戻す。すべて与える者たちの孤独、すべて光を照す者たちの無言の寂寥、無数の星辰は荒涼たる空間を循環して進む。嵐のように星辰は、その軌道を飛翔する。彼の遍歴だ。危険な状態にあってこそ初めて巨大なものへと成長し、長い抑圧と強制の下でこそ始めて繊細かつ大胆なものへと発展し、生の意志は無制限の力の意志へと高められる。頭脳精神肉体の完全なる回復活だ。そのもの全体全面俺の中心核の軌跡道程の16歳の頭も顔も心も身体も頭脳精神肉体も容姿も能力も内面性格も枠である。肉体の外部から影響を与えたいから？繋がりたいから？脳神経系に作用する薬もその為に飲む運命だった？16歳は超優秀頭良い、16歳も今なんだ。そう、あの薬で更に一気に枠の外に体外に主用大部分中心核に移ったんだ。あの16歳という頭も顔も良く背高く筋骨肉逞しく輝くばかりに若く優れ充実していた個体が丹田だ。この枠は中心核として全部の枠の集合場所、宴会場となる。人は、より以上になるために、持つところ以上のものを持つ。より多く持とうとする、成長とは生そのものである。個人的な男性的な有為さ、肉体の有為さは再び価値を獲得し評価はより物質に即したものとなり栄養はいよいよ肉食の傾向をとるようになっている。蒼白き陰険さは過ぎ去った。弱い意志を保持し同時に広い精神を所有している者は恵まれたチャンスを持つ。高貴な魂は自己への畏敬を持つ。現実は諸類型の興味深い豊富さを贅沢な形態の遊戯と変化との盛観ぶりを我々に見せる。彼は自分がどうであるべきかさえも知っている。肯定する者であることに栄光を求める。これまで地上において支配していた或いは現在支配している多くの洗煉されたモラルや粗野なモラルの間を潜ってみると、或る特徴は規則的に互いに回帰し結びついていることが発見された。二つの根本類型、支配者のモラルと奴隷のモラル、すべての高度の混交された文化の中には、二つのモラルの橋渡しの試みもまた現れ、それの交錯、相互の無理解、両者の厳しい併存が現れる。同じ人間において一つの魂の内部においてさえも現れる。高められた誇り高い魂の状態、自己讃美、前面に立つのは溢れ出ようとする充実と力の感情、高い緊張の幸福、与え渡そうと望む富の意識である。一切のものは一切のものから生じて来うる。運命におけるありうべき計画性が圧力や衝撃に還元し喜ぶ。神秘に満ちたパトス、魂の内部における常に新たな距離の拡大への要求、高く稀有な遥かな隔った広い状態の形成、人間類型の向上、超倫理的な意味におけるモラルの方式をとるための不断の人間の自己克服である。人間の欲すること、およそ生ある有機性の最小部分たりとも欲すること、力の過剰、それに向っての努力においては快も不快も等しく従う。その意志から、彼は抵抗を求め、自己に対立する何物かを必要とする。不快は従って、彼の力への意志の妨害として普通にある因子である。あらゆる勝利、あらゆる欲求、あらゆる事件は、抵抗の克服を前提とする。疲労の状態にあって感じられる快は眠り、もう一方は勝利である。疲れ果てた者たちは安らぎを手足を伸すことを平和を静けさを欲する。それは虚無的な諸宗教と諸哲学とのいう幸福である。豊かなもの、生き生きとしたものたちは、勝利を敵手の克服を、これまでよりも広い領域にあたる権力感情の奔溢を欲する。様々なる自然力に対する支配者となって、自分自身の狂暴さと奔放さとに対する支配者となって、以前に比べて巨大な量の力を表している。極度の意志力と自己満足を刺激する幾千年にも亘る長患い、突如として起る窮境、弛緩した筋肉の繊維に再び活力を与え生への意志に強靭さを取戻す活動力を強制的に導き出す。彼の天職、自由業、思いのままに時間を持ち費う。華麗で誇張された重々しく晩熟の芸術、古典的な異風で厳しく余りにも若々しい気持を覚えさせ、放縦であると共に華美で因襲的でもある。時には狡猾、更にしばしば野卑であり粗野である。火と勇気と同時に余りにも遅く成熟する果実が持つような弛んで色褪せた膚を持っている。それは広々と充溢して流れ出る。そして突如として、名状しがたいたゆたいの瞬間、原因と結果との間に裂け開いた一つの間隙、夢見させる衝撃、またもや心持よい古い流れが拡がり展開してゆく。最も多様な心持よさの流れ、幸福の流れ、自己に対する幸福感情、新たに獲得した新しい芸術手段の熟練性が含まれている。
