俺の枠の中で内で内部で過去の自分が軌跡道程が生きて居て動いている脈動躍動している。すべての意識は統一の方面と差別の方面とを具えている、即ち一にして多である、ただこの両本面を対立せしめていえば、統一方面の著しいものが純粋経験であり、差別の方面の著しいものが非純粋経験と見られる。自然科学は個々の経験的事実を一般的法則の一例として、一般的法則によって概括しようとするのであるが、歴史はこれに反しこれらの事実を一個性の発現として個性によって統一しようとする。個性というのは価値の実現せられたもの、即ち価値意識の経験的内容を得たものとすれば、歴史は経験的事実を価値意識の実現と見て、これによって経験的事実を統一して行く。我々が主観的に有する価値意識を経験的事実の背後に挿入し、後者を前者の実現と見ることによって、歴史的知識が成立つことができる。我々に種々の価値意識があるだけ、それだけ種々の歴史が成立つことができる。すべとの意識現象は、その表す超越的意味においては価値判断の対象となり、純心理作用としては自然科学の対象となり、合目的的作用としては歴史の対象となる。我々の直接経験は価値意識の発展である、いわゆる衝動的勢力を以って、一つの中心から発展するものである。価値批評とは此の如き発展的意識が衝突して、更に大なる統一的中心を求むる場合に起る。価値批評は意識中心の拡大作用である。その人の行動を支配する条件の最強なる因子とは如何なるものか。もし人間の行動を種々なる原因の合成的結果と見て、自然科学的に因果律によって最強の原因を択ぶというならば、恐らく物質的原因は最も有力なるものであろう。社会的または個人的精神の力というものも、物質力に還元して考えるのは自然科学的見方の理想であろう。歴史はただ最強なる原因に従って、これらの諸力の相互の働きの跡をたどるものというならば、自然科学に通暁するものが最も優秀なる歴史家ということになる。性行は直線的曲折？曲線的調和統一？複雑な性格を具えて而も烈しい衝動的の人であれば、その行為の矛盾ということが寧ろ性格自然の発現ではあるまいか。彼は矛盾に充ち煩悶に苦むだけ真面目であった。深き故に矛盾し、強き故に苦んだ。彼は元来分裂した自己をもった人であった、彼の心の両極の引力は中々に強大なものであった。霊的要求が猛烈であったように、その肉的要求も強大なものであった。肉的要求の強いだけ霊の光を求めた。天上より照らす月、地上より燃え上る炎々たる烈火である。神を知ることと生きることは同一である、神は生命である、神を求めつつ生きるのは神と共に生きるのである。赤裸々たる自己の本体に立ち返り絶後に蘇った者、 
