俺は枠は時間が永遠であることを生が永遠であり生死を超越していることを不老不死であることを知っているから。冷静で無表情なように見えて表情豊かで性情感情変化激しく喜怒哀楽激しく簡単な事で一喜一憂してしまう。でも機械でも出来る事を人間がやるのは詰まらんよね。俺として枠としての規模は16歳からどんどん大きくなっている。枠としても,精神的な不安定さ,何もかも全部不安定さという意味では､或は16歳より今の方が上か。美貌で強い自尊心と鋭い感受性を持つ彼もまた女性に幻想を抱いている。玄洋社頭山満、英語の遠山満が「またこんな古いので、いやー、そろそろ新しいのに変えてくれるんじゃないかと思ったらまたこんな古いので、こんな古いのどこから買って来んのかなーなんて思うんですが・・」クックックッ「うーん,森君の無造作な描き方が形になってくると良いなー」・・16歳で壊れ夢破れたが軌跡道程も枠になり完全復活して16歳以上に完成される枠の運命・・修行時代、遍歴時代、美しい魂の告白・・完全は天の則るところ、完全なものを望むのは人の則るところ。賢い人々は常に最上の百科全書である。どんな場合でも口論なんぞする気になるな｡賢い人でも無知なものと争うと無知に陥ってしまう。完成する為には能力の他に何よりも機会が必要である。自然観察ではいつも,すべてと同様に個を注意しなければならない｡何ものも内になく何ものも外にない｡内にあるものは外にもあるのだから｡さらば躊躇わず掴め,聖なる明らかな秘密を。内面のものを熱望する者はすでに偉大で富んでいる。有為な人間は、すぐに外面から内面へ向かって自己を教養する。ただちに内部に向かえ、その中に中心が見つかる｡どんな貴人もそれを疑いはしない｡きっとそこに規則が見つかるだろう｡独立の良心こそ君の道義の日の太陽なのだから。ほどよく充実と浄福を楽しめ生が生を楽しむところには常に理性をあらしめよ｡そうすれば過去は常住にあり未来はあらかじめ生き瞬間は永遠となる。今日と明日の間にも長い期間が横たわっている｡君がまだ元気なうちに早く処理することを学べ｡かの一は永遠に一であろう｡多に分かれても一｡永遠に唯一のもの｡一の中に多を見出だせ｡多を一のように感ぜよ｡そうすれば芸術の始めと終わりが得られる。最高なことは、一切の事実は既に理論であるということを理解することであろう｡空の青い色は色学の原則を我々に示している｡現象そのものが学理なのだ。青年は教えられるより刺激されることを欲する。出来上がったものが硬化しないように,作り変える為に,永遠の生きた活動が続いている.･･それは活動し,創造的に活動し,先ず形をなし,ついで形を変える｡瞬間とどまることはあってもそれは外見だけである｡永遠なものは一切のうちに活動し続ける。古いもの,現存するもの,固定するものと､発展,形成,改造との戦いは何時も同じである｡一切の秩序からしまいには形式拘泥が生じる。結局､自己の内に何かを持っているか,他人から得るか,独力で活動するか,他人の力によって活動するか,というのはみな愚問だ｡要は､大きな意欲を持ち､それを成就するだけの技能と根気を持つことだ。自ら勇敢に戦った者にして始めて､英雄を褒め称えるだろう｡暑さ寒さに苦しんだものでなければ人間の価値なんかわかりようがない。目標に近付くほど困難は増大する。真のあらわれを楽しめ,厳粛な遊戯を楽しめ.およそ生きているものは一ではなく常にそれは多である。実り多いものだけが真実である。遥かな世界と広い生活を､長い年々の誠実な努力で､絶えず究め,絶えず探り,完了することはない(本当は完了する)が､しばしば纏め､最も古いものを忠実に保持し,快く新しいものを捉え､心は朗らかに目的は清く､それで一段と進歩する。生活の目的は生活そのものです｡我々が内に向かって我々の為すべき事をしたら､外に向かって為すべき事は自ずと成されるでしょう。神聖な真剣さだけが生活を永遠にする。自分の生活を振り返って見ると､支離滅裂な生活としてしか目に映じない｡ゆるがせにしたこと,失敗したことが､いつも先ず浮かんで来､空想力の中で成し遂げたことや到達したことを圧倒するからである。自己拡張の精神！！
