自己を解脱させるには何をすべきなのかを悟った修行者の道の行く手に崇高な光の姿が現れる。その壮麗な姿は到底筆舌には尽し難い。この出会いが生じるのは、思考、感情、意志の諸器官が肉体的にも互に分離してしまい、それら相互の関係の規整が肉体の諸条件から独立した高次の意識によって為されるようになったときである。そのとき、思考、感情、意志の諸器官は、超感覚的な領域からそれらを支配する人間の強力な魂の道具になっている。感覚的な束縛を脱した魂、お前が感覚世界に生き、その中で獲得してきた能力によって、お前は現在の完成段階にまで到達した。解脱によって得た力を感覚世界のために役立たせる。お前は私の姿と合一する。高次の超感覚的世界は感覚世界のすべての果実を受け取る。筆舌に尽し難い壮麗な輝き、この霊と一つに結ばれることは、それを見る魂にとって、遥かな切実な努力目標である。現界から得たすべての力を現界の解脱と救済のために費し、合一が達成される。彼が超感覚的世界への解脱を必要以上に早めるとき、人類の大きな流れは彼の頭上を通り過ぎていく。人間が高次の霊的諸領域で受け取るであろう事柄は、専ら彼から発して外へ向かうところの周囲に対する愛である。体験を身体生活から自由に独立させる。純粋思考は、自分自身の中にのみ基礎をもち、自己自身で自己の存在だけを通して、自らが霊的＝超感覚的な本質存在であることを明示する。魂は自分がこの思考と共に超感覚的領域の中にあることを悟る。それは肉体外での魂の自己体験である。肉体から離れた事柄を認識するためには、まず純粋に魂だけで認識行為が為される。魂は自己を肉体から解放する。魂は純粋思考の場合と同じ独立性を一層広範囲な活動分野にわたって達成する。超感覚的世界の体験によって得た認識の光は、その輝きをその人の存在全体に投げかける。もっと有能な生産的な存在にするような仕方で為される。超感覚的なものに対する認識行為のためには人間の全存在が要求され、それ故このような認識に没頭する瞬間には、人間のあらゆる力をそこに結集する。人間全体を要求する。肉体を知覚することによって感覚世界の中の自分を意識するように、超感覚的世界の中の自分を意識する。温和であることは彼のために障害を取り除き、彼の器官を外へ向って開かせる。歴史の所産の中には精神が生きている。そしてこの精神は人類の成立と共に生き進化を遂げてきた。歴史的所与の中に、新しく生れてくるものを結びつけたい。霊的能力がますます向上する。すべてを吟味して最善を手に入れる。人間が自己を目的とするといえるのは、人間の内に神々しいものがあるからで、それは、もともと理性と名づけられ、それが活動力として明確な姿をとると、自由と名づけられるものです。宗教心や道徳心はそうした自由な理性を土台ないし源泉とする永遠にして神々しいものであります。空想の産物たる理想が実現される。この素晴らしい夢が冷たい現実によって壊されるという嘆き、厳しい現実にぶつかって実現の途中で潰え去るような理想は差し当たり主観的なものにすぎず自分のことを最高にして最優秀な存在だと考える個人の所有物にすぎない。ここでは偶然や特殊条件が事態を大きく左右する力をもっている。哲学は冷静な洞察をもたらし、その洞察とは、普遍的理性の実現、本当の善ないし普遍的な神の理性は自己を実現する力をももっている、という洞察です。この善、この理性を、最も具体的に示すのが神です。世界を支配するのは神であり、神の支配の内容、神の計画の実行が世界史なのです。哲学はそれを捉えようとする。神の計画を実行したものだけが現実であり、それに反するものは偽りの存在にすぎない。哲学は神の理念の内容たる現実を認識し、軽蔑に晒された現実を正当化する。理性とは神の作品に耳傾けることですから。世界精神の体現する正義は、すべての特殊な正義の上を行くものです。人間の知や意思を材料として、理性的な目的は現実に存在するものとなる。歴史において考察されるのは、偉大な世界史的情熱に突き動かされた主観的意思が、どのようにして現実の真理に合致した目的をもつか、ということです。特殊な情熱にとらわれた主観的意思は、一定の枠内に留まるもので、その枠内で特殊な目的を実現するにすぎないが、一方また、主観的意思は共同体を生きる場ともしていて、そこでは共同体の本質にふれるような動きをし、その本質を自分の生きる目的ともしています。この本質とは、主観的な意思と理性的な意思を統一したもののことで、ここに共同体としてのまとまり〔国家〕が登場します。国家とは、個人が共同の世界を知り信じ意思するかぎりで、自由を所有し享受するような現実の場です。主観的な意思や情熱が目的を実現する活動力であり、理念が歴史の内面をなすとすれば、国家は現実に存在する共同の生活です。というのも、国家は一般的かつ本質的な意思と主観的意思との統一体であり、そこに共同の精神が成り立つからです。
