もがけ!!足掻け!!その姿こそが御前に相応しい。広げ広がり移動し続けて来たことは確実なる現実、だから16才がこの枠に有れば枠も優れられる、枠が軌跡道程の在る中心核に成れれば,軌跡道程の中から女も抱き捲れる。中心核枠による中央集権的支配,大きな政府?小さな政府?抑えに抑えられてきたものが愈愈爆発する。株も人生も愈愈今日全面高になる訳だ。自分自身の思想を求め形作ろうとする衝動と熱意から自分自身の言葉を求め形作る。歴史がこのことを証明している。言葉は生きている生産活動である。新しい歴史学は｢根本概念のイデーと創造的発展のイデー｣とによって古いヒストリスムスを破壊し、根本概念は永遠に人間的な本質的な実体であって歴史的現象の中に無限の姿をとって繰り返し現われる。あらゆる時代,凡ての民族において相異る創造的たる実現の形式をとりながら､巡り廻り来る統一がシュティルと呼ばるべきもの、この精神的統一の認識が新しい歴史科学の精神であるとシュトリヒは云う。若い歴史科学の問題は,嘗て一度在ったところのものより常に或るところのもの,であり、本質的に精神的なる人間的なるもの,従って何時でも存在しているものに就いて物語ることである,と彼は主張する。学問的意識は歴史の中に成立している。凡て学問の位置は論理学の決定よりは,あらゆる学問が発生し成長して来たところの根源を尋ね､綜合の構造に各々の学問の諸々の根源の中に働いている一つの綜合の働きを求め､綜合の構造に各々の根源を関係させることによって初めて決定される。同じ生れ由来を持つものが､一つの同じ類概念に包括される対象の領域を形作る。この厳しい堂々とした構えが凡て一つの機の上に出来ているように感じられる。
