多分ダイエー荒瀧にもセブンイレブン泉川にも嫌な顔された事もトラウマ？
力が出て来た。コーランは、ムスリムの立場から見るならば、預言者ムハンマドを通じて啓示された唯一絶対の神アッラーの言葉そのものなのであり、ムハンマドという一人の預言者が、この上なく強力な或るものによって圧倒され、忘我、恍惚の状態に陥り、その只中に於いて口走った言葉の集大成であると見られる。創造と終末という二つの極を中心にしてコーランの思想を把え、創造および終末それぞれの構造を種々の角度から分析的に考察し、最後に両者のコーランに於ける関係を明らかにする。コーランの持つ世界観の構造に一つの方向から光を当てる。創造の空間的構造〜天地の創造と人間の創造・・アッラーは蒼穹を頭上に建立し、大空を高々と持ち上げ天を打ち建て拡げ蒼穹を天蓋となし、しっかりした天井にし給う。ドームのように天を打ち建てることが述べられる。蒼穹に星辰を配置し、その間に太陽と月を置き給うた。汝らのために星々の座を定めて、陸上でも海上でも暗闇の中を行くときの道標にして下さった。ここで述べられている天の創造とは、或る素材を元にして全く異なったものを創り出すというよりは、既に在る混沌とした天に於いて区画を定め天体を配置し、それぞれの役割を定め秩序を与えることと理解される。地の創造、大地を敷き拡げ伸ばし平らにし、生きたものも死んだものも共に容れる大きな器に仕立て上げ、山は大地の上に打ち建て、がっしり打ち据え大地を繋ぎ止めるための杭とする。また、天と地とはもと一枚続きの縫い合わせであったのを神が解いて二つに分けた。地も天と同じである。人間の創造、汝を創造し形よく整え釣合わせ御心どおりの姿に汝を組立てて下さった。コーランによれば、神は最初の人間を塵から大地から陶土から創り出来上って息を吹込むと生きた人間となった、とされる。我ら（アッラー）が汝らを創造するに当っては、まず泥から始め、次に一滴の精液、まだ未成形のものという順を踏む。我ら意のままのものを子宮の内部に一定期間入れておき、それから汝赤ん坊にして外へ出してやる。精選した泥を容器の中に収め、次いでその一滴から凝血を作り、凝血からぶよぶよの塊を作り、その塊から骨を作り、更にその骨に肉を着せ、新しい生き物を産み出した。最初の人間アダムの創造に関して。精液、凝血、肉塊、骨が出来、更に肉が被せられる。素材としての精液から何段階かの質的変化の過程を経て人間が誕生する。アッラーは汝を母の胎内に創造して三重の暗闇の中で創造につぐ創造。一段一段と順序段階を経て質的に変化する過程、人間の創造、天を層また層と作り上げ区分を定め場所を決め秩序を立てて行く空間的位置づけとしての天地の創造、それぞれの特質が際立った対比のうちによく表されている。コーランに於ける創造の空間的構造に関して著しいこと、或る単純な素材から一定の段階を踏んだ質的変化の相に於いて人間の創造が考えられているのに対し、天地の創造は既にそれ混沌として在るものの形を整え区切り場所を決め秩序付ける空間的位置付けとして把握されている。創造はコーランに於いても世界の始めに行われ創造によって自然と人間の歴史は始った。混沌としていた自然は創造によってはっきりした秩序を与えられ規則正しく運行するようになり、また素材としての泥から全く異った生命を持つ人間が創られた。世の始めに天地を創造した神は、それらを保ち支え保持する、更に積極的に支配統禦するものである。アッラーこそは天地を創造し、空から水を下しては様々な果実を実らせ養いとなし給うた御方。天と地を創造して夜を昼に巻き付け昼を夜に巻き付け太陽と月を取り抑えて、それぞれ定めの時期まで走らせ給う。アッラーこそはお前たちを創造し養い育て死に至らせ次にまた生き返らせ給う御方。神は人間を導き見守る。私の神はただ独り、万有の主、私を創造して御自ら私を導いて下さる御方。私に食物を授け飲水を授けて下さる、病気になれば癒して下さる御方、私を死に至らせ、また生き返らせて下さるお方。讃えよ主の御名、いと高き神、人間を創り、ととのえ給い行末定めて導き給い、緑の牧草萌え立たせ、やがてか黒き枯れ草とはなし給う。神の支配は創造後も被造物のすべてに及び、歴史に於けるアッラーの被造物を養い保つ持続的な働きや、殊に後世の人間の誕生が世の始めの創造の延長乃至連続したものとして述べられている。創造は歴史と繋がりをもつ。天と地を創造し玉座に腰おろし給うたのもアッラー。地に侵み込むものや地から湧き出すもの、天から降るもの、天に昇り行くもの、すべてを知り給う。お前たち何処に居ようとも必ず傍にいらっしゃる。お前たちのすることを全部見ていらっしゃる。天も地も共に統べ治め給う。一切の物事はアッラーのお手元に戻されて行く。アッラーは万有の創造者であると同時に後の世まで被造物を保ち養い導き使役する。コーランに於ける創造と歴史との関連に於いて重大な意味を持ち、更に広くは旧約聖書およびコーランに於ける創造観の共通した特徴の一つでもある。創造と歴史との緊密な結びつきは最初の人間アダムの創造と後世の人間の誕生との関連に於いて一層はっきりとあらわれる。人間どもよ。汝らの主を畏れまつれ。汝らを唯一人の者から創り出し、その一部から配偶者を創り出し、この両人から無数の男と女とを地上に播き散らし給うた御方にましますぞ。ここではアダムの肋骨から妻イヴが創られたことと後世の人間の誕生とが連続したものとして考えられ、そこでは原初に於けるアダム乃至はアダムとイヴの創造が後世の人間の誕生と連続したものとして考えられ、世の始めの創造について、後世の人間の誕生、また再びアダムの創造に移行する、組み合わさって一層緊密な結びつきを見せている。人間の祖アダムの創造と後世の人間一般の誕生が連続したもの或いはより一層緊密に結びついたもの、原初に於けるアダムの創造は土から、後世の人間は精液から、という思想は終始一貫してコーランを流れているが、それと同時に後世の人間一般も土から創られたと見られている、後世の人間が原人アダムと一体、両者が完全に重なり合い二重写しとなってあらわれている。原初に於ける創造と後世に於いて被造物を保持養育するアッラーの働きは連続しており、原人アダムの創造と遥かな時間を隔てた後世の人間の誕生とが表裏一体のものとして考えられていることに創造と歴史との緊密な結びつきを見た。アッラーは完全無欠なる立派な御方、誰もが行き着く先は主のみもと。笑うも泣くも死ぬも生きるも主のおはからい。男女の二種に創り給うた精液ただ一吹き。二度目の創造も御心のまま。原初に於ける創造はそれ自体完結しており完全なものであるが、神の意志が働けば創造は歴史の中に反覆されうる。人間の場合、創造の反覆は一方では世代の交代を意味し、天にあるもの、地にあるもの、すべては挙げてアッラーに属す。創造の反覆は最終的には、死んだ人間を終末に際して新しく創りかえること、つまり復活をさす。一旦骨になりバラバラになってしまった後で、また新しく創り直されて生き返る。ぼろぼろになってしまった骨を一番初めにお創りになった方が生き返らせ給う。天地を創造した方がもう一度創ることなどいとたやすい。
