意識すれば、中心に位置すれば、中心核に成れれば、自分以上自分以外ない、唯一無二の最も大きく高く強く逞しく美しい最大最強最美最優秀の光り輝く絶対的圧倒的存在に成れる。恐るべき使い手が居る。人間は、生い立ちに由り仕入れた感覚・感情のソフトに、好悪、利害、善悪、価値を仕入れ、いつの間にか今の自分に成って来たわけですが、一瞬一瞬の出会いで、善しと思う選択をしつつ、善い生き方とは何かを探しているように思います。それ故、今まで以上に生きる意味を深めた時、全部の過去の意味付け(存在意義)が同時に変貌するため、「今」という一瞬に過去の全てが新しく生まれるという事でしょう。 過去は優越感と戒めが残ってるだけで同じ時は感じない。早かったり遅かったり感じるけど一瞬じゃない。過ぎた過去は今思い出すことができる。自分が生まれた時を思い出す、または想像してみる、そこから「今」に戻ってみると、一瞬に同じかもしれない。それで、生まれたのが今だと感じられたなら、今からならどんな夢も叶えられる可能性を秘めているのだと思える。人間は意識を具有した存在であり、またこの世は意識の対象として存在しています。この意識で捉えた場合、例えば時間というものは、その時その時の場を伴って過去から未来へと無窮に延びています。従って、過去に存在した先祖も、また未来の子孫も、今の自分という存在に集約されます。少なくとも意識で捉えた場合、過去も未来も現在に包含されるとはそういう意味です。ところがものごとに熱中し我を忘れた状態、よく宗教などで言う心頭（意識）を滅却した状態、よりよく「生」の充実した状態で捉えた場合、生命は沸きあがりもう時間などそんなものはどうだっていいのです。この一瞬の命の充実感のみが確かなものなのです。その時は、あなたのおっしゃるように永遠は即一瞬と変じます。私は貴方に、そういう充実した生を送られることを希望します。その時、「生」は貴方に知識や教養ではなく、本当の意味での智恵を与えてくれることでしょう。人間の脳みそというやつは、実に不思議ですね。例えば、長い長い悪夢を見たとしましょうか。あるいは目覚めてもなお涙の止まらない悲しい話、やさしかった母親の事。また時には体験した事のない大活劇。。。。どれもこれも全ては記憶してませんが、きちんと筋があって（一部の矛盾はありますが）時間が流れて。。。映画一本見たなあ位の満足感はありますよね。しかし、実際に脳が活動している時間は数秒だとか。今私達が生きている時間も、実は一瞬？なんてのは中国の古いお話。ただ、最近の動物学者の研究では、長寿の動物（代表は象、寿命70年）も短命の動物（代表はハツカネズミ、寿命は忘れましたが20日で成人ですよね）も一生と感じる時間の主観的長さは同じなのだとか。これは哺乳類なら一生の鼓動の回数が決まっていて、ある回数（お調べ下さい）を打つとそれが寿命だと。ヒントになればと思います。
