自分の姿の美しさに彼は感動した。冷たく感じられるほどに美しかった。
荒瀧吉子の肌白くて極め細かくて綺麗(触りたい)・・俺なんて相手さえ居たら自分の全てを注ぎ込んじゃうよ自分の全てになっちゃうよ。相手の懐に飛び込んで行き自分の持っているものをすべて与える。殻による頭蓋骨鎖骨による締め付けも,外へと広げ広がる為だ。彼のその体験は、言葉では語り切れぬ言い尽くせない。性欲も中心核に何も彼も全部根こそぎ移動している枠、暴れん坊、異端児、神に遣わされた地上最強の戦士、狂気の剣士、人は地に法り地は天に法り天は道に法り道は自然に法る。生命の本来あるべき姿に目覚め、すべてに包み込まれすべてを受け入れすべてとなる。カルシウムのお菓子による中古の自転車による足腰の負担による頭蓋骨による鎖骨による何も彼も全部今！！構造改革！！贅肉を削ぎ落とし筋肉質に！！ビジョン・理念・使命感を持っていること、それに沿った具体的な目標と目標を達成する為の明確な戦略を構築していること、目標達成の為の戦略をチーム力を結集して実行に移せること。自由の疾風を浴びて生まれ変わったように突然自己本来の高みへ引き上げられて翼を得た人のようになった。巨大さにおいて実力において大きさ高さ強さ逞しさ美しさにおいて筋肉も身長も過去を凌駕する。高く飛翔し人を拉し去る芸術、表現の狂熱家、眼の奥には顔の下には宇宙、人間愛は絶えざる克己、何より必要なものは孤独、快癒、自分への復帰、自由で軽やかで遊び戯れる空気を呼吸すること、ツァラトゥストラ全篇は孤独に捧げられた熱烈な賛歌、天才が存在し得る為の条件は、乾燥した空気,澄んだ空、すなわち活発な新陳代謝,巨大とさえいえる多量の力をたえず獲得し得る可能性を持つこと、心には暑い憂鬱な幸福すぎる夏が燃えている。青春を謳歌している。厳しく恐ろしい現実が無脊椎動物のように背中にずっしりとのしかかってくると、何かが空気の中に拡散し、ぽっかりと虚無の穴があいたような気がするのだった。まるで自分が立っている場所のすぐ側で急に崖が崩れ落ちたような、あるいは斧で身体の半分を切り落とされたような気持ちだった。だがその身体は幾何学的な定義を備えた解剖学上の肉体ではなく,また恐怖を感じている物質的肉体でもなかった。それは彼自身を超越したもう一つの肉体であり母親の腹の中の暗い液体に一緒に浸っていた肉体であった。その肉体は古くから続く家系の枝を彼と共に遡るものであり何代も受け継がれた先祖の血を分かち合うものであった。肉体は過去から来たものであり世界の始まりと繋がっている。その重さ,その存在の神秘性は宇宙のそれにも匹敵する。均衡が崩れ方程式の最終解答が出された今、先祖達が辿って来た神秘に満ちた道程は痛ましく生々しいものに思われてきた。彼は日常の生活を円満に過ごすための調和のとれた人格の一部を失った(ヤコブは踝の桎梏から完全に解き放たれた)。先祖達の集中集合しされた集大成総決算でもある枠、字を書き込み入れ印刷し続けているから常に今が今迄で一番であり広げ広がり進化成長発達発展し続けている筈なんだ。内部では何かが震え内部に隅なく広がり外側で動き続けているもう一つの物理的世界のことを教えた。より高い世界から自分を取り巻いている不安げな世界を感じる。新しい世界へ移行してから僅か一秒(我々の世界では？)世界の様式や特徴を理解し始めた。周りには絶対的根源的な闇が巡っている。謎に満ちた深い霧の中に居る。霊魂は夢遊病者のように永遠に彷徨う。いきなり突然現れて,そんな所にヌッと立ってて,異様な奴だ。もっと分かり合えよ！！同情の手が一個の偉大な運命,痛手に呻いている孤独,重い罪責を担っているという特権の中へ差し延べられる。人間を速やかに焼き尽くしてしまうもの、怨恨の情,憤懣,病的な傷付き易さ,復讐を遂げる力がなくて復讐を意欲し渇望すること,あらゆる意味での毒薬調合、神経の力の急激な消耗,分泌活動の病的な昂進、怨恨は病人にとっては御法度、彼の悪であり困ったことには彼の最も自然な性向でもあるのだ。このことを理解していたのが深遠な生理学者仏陀である。怨恨の克服が功徳の基、魂を怨恨から解放することが快癒への第一歩「敵意によって敵意はやまず友愛によって敵意はやむ」道徳ではなく生理学、豊かな天性を持っている人間の場合には怨恨感情は一つの贅肉的感情、この人物の豊かさの証明、復讐や怨恨の感情と戦闘を始め自由意志説にまで、キリスト教との戦闘はその一例、生が力を獲得して再び豊かになり誇らしくなってきたとき、自分自身を一個の運命のように受け取ること、彼の内面的全体像を把握する、己の持つ力と敏活さと武技の全量をあげて戦う,自分と対等の相手に打ち勝つ！！
