兎に角これで全部リセットだ。
頭が爆発的に良くなった、一気一挙に爆発的に進化成長発達発展し突然変異した。一瞬は永遠に、意識は全時間的に拡大されて、未来は未知だけど、全部の過去も今に同じだ。だから枠全身丸ごと中心に移動し居座り坐り据わり位置し中心核と成り永久普遍の真理を神を我がものとすれば、先端の全専門分野まで演繹的に知り理解し埋め尽くせる。16歳から中心核の枠である。16歳に軌跡道程の肉付けしされた今枠《中心核》だ、あらゆる意味で全部の面で16歳を上回りたい！！あの中古の自転車で引き締まってた時も身体引き伸ばして美しかった時も顔と眼が熱かったよなー、脂肪を燃焼していたのか・・全身体中の全部の脂肪を燃やし尽くしたい！！あの東大の座敷で時計の音と共に静かな時が流れたのが印象に残った・・時々自分の中に内に内部に周りに静かな世界が広がり無限の宇宙を感じられる。身体を鍛えに鍛え込み抜き上げて、身体運動能力も上げ高め上がり高まり脂肪も引き締め締まり究極完全完璧なる至上至高の体である。日本ケアサプライ好決算だったし、他の持ち株もこれからどんどん爆上げして、理想の素敵な彼女も出来ると良いなー。あー、彼女が死ぬほど欲しい・・力で押し捲るだけだ。辿り着いた場所、結論は以下の通りである。模範的な科学的認識においては、科学的認識を発見し保持するために必要なすべての能力が存分に展開されているものであり、その格好の事例は、迫り来る発見を認識する際に見て取れる。そうした知を保持するのは、発見されるべき何かが必ず存在するという信念に心底打ち込むということだ。それは、その認識を保持する人間の個性を巻き込む孤独な営みであるという意味合いにおいて個人的な行為である。発見者は、是が非でも隠れた真理を追究する責任感に満たされている。その責任感が真理のヴェールを剥ぎ取れと彼の献身を要求する。彼は、自らの認識行為として個人的な判断を下し徴候を外界の実在に関係づける。そしてその外界の一側面こそ彼が把捉しようと目論んでいるものである。発見それ自体と同じように発見についての予期も妄想に終わることもあるだろう。身体は対象の知覚に関与しており外界の事物すべての認識に参与することになる。外界の事物の個々の諸要素は纏められて相応の存在へと統合されるのだが、そうした何組もの諸要素を身体に同化させることによって、自らの身体を世界に向かって拡張し続けていく。外界の諸要素を内面化して、その意味を首尾一貫した存在のうちに把捉しようとする。幾つもの存在に満ち、ある解釈を施された宇宙を知的にも実践的にも形成することになる。主体と客体が構造的に似通ってきたり、主体が客体の中へ内在化したりする。身体的な技能を学び取る。包括的存在はリアルな存在、包括的存在が有する大きな自主性とパワーを考慮に入れる。すべての暗黙知の事例において、包括する行為の構造と、その行為の対象たる包括的存在の構造は一致する。すべてのリアルな包括的存在の安定性と有効性を説明してくれる諸原理の中に暗黙知の構造が再現されている。暗黙知の二条件、すなわち諸要素から成る近位項と、諸要素が包括された意味から成る遠位項は、実在の二つのレベルとして現れる。上位レベルは下位レベルの諸要素をそれ自体として統括している規則に依拠して機能する。宇宙の断片化して宇宙が包括的存在に満たされていく次第を語った。この壮大な光景は多層的な実在に満たされた宇宙の光景に変じる。上位と下位の層はペアになって意味を成し、その宇宙に合流していく。上位層と下位層のペアが系列化して階層を形作っていく次第を見せてくれる。人間の技能の階層から、生物に見出される進化レベルの階層へ議論を進める。連綿と続く進化の段階は、下等生物から高等生物へと上昇するにつれ次々に蓄積されていく。一個の人間の内に、進化のすべての段階を瞬時にして目撃する。発生学で研究される形態発生過程では、最も原始的な生命の形が、人間独特の形状が生じるときに出現する。次の段階で生体の植物的機能が現れる。その上の段階で感覚が生じ、それから知覚と中枢制御される運動機能が発生していく。その研究を司るのは生理学である。人間がこの段階を越えるのは、意識的行動と知的行為の段階に至り、その動物行動学と心理学である。そして最高の段階に至ると人間の道徳感情が発生し、それはその人間自身の尺度によって導かれるものとなる。発達は言語の内面化によって更に加速され、ついには子供に大人の精神が宿る。人間の精神を誕生させる教育過程こそ、包括力が行使される主たる場所である。成長する精神は、それが属する文化から寄贈される概念の枠組みのすべてと推論のためのすべてのルールを再創造する。その過程は成長する生体組織の解剖学的分化と同じように進行して等能性の領域を絞り込んでいく。他方ではそれは絞り込みの見返りとして、より強力な生物的機構を活用できるようにしていく。一人の人間の起源は、その人間の家系を彼の最初の血筋が誕生した遥か彼方の染みのような太古の原形質まで遡れたなら想像できよう。この家系の歴史は、現在の人類の形成に寄与してきたすべてを含んでいる。この進化の一齣は、受精卵が大人に、種子が植物に成長する過程と全く軌を一にするものであり、その人間や植物を出現させるすべてを含んでいる。一般化＝概念化の方法で暗黙知の構想を詳述してきた。その一般化は進化のイメージに行き着いた。暗黙知は、身体と事物との衝突から、その衝突の意味を包括＝理解することによって、周囲の世界を解釈するのだった。この包括は知的で実践的だった。包括的存在は、首尾一貫した現実の諸レベルが独特の論理で組み合わされたところにある。その概念は、人間界と動植物を貫くあらゆる生物的レベルを包み込むに至る。それは階層化された生物の宇宙を顕現させる。生命が誕生する最初の創発は、後続するすべての進化段階の原型である。それに基づいて、進化の段階を昇っていく生命形態が、より高次の原理を携えて出現していく。創発の諸段階は、暗黙知によって達成される総意性の拡張概念にすべて含まれる。総発が進化の階段を昇り詰めて行く光景の素晴らしさは、この概念の正しさを証明するものだ。その光景は、知能が進化論的総発の最高段階にあることを、またその知能によって初めて暗黙知の力を認識するようになったことを明らかにするものだからだ。進化は連続的な過程である。人間が総発するに至るまでにはますます包括的になっていく機能が連綿と続き、それには常に余計な失敗への可能性が付きまとっている。生物が種特有の形態を獲得するための成長能力は奇形を生み出す可能性を持つ。能力と障害が平行して発達していき、この両者が属する中心が強固になっていく。もし進化が人間の起源を含み、なおかつそれにはより高度な人間の義務感が伴っているならば、進化はまた人間の偉大さの起源をも含む。概略してきた宇宙論的な全景を拡大してみよう。
