字を書き込み入れ印刷しておけば、己にも枠にも世界にもヨリ印象付けられる。
貴方の思考力は物質的感覚的な世界の中で営まれてきたこれまでの生活から獲得された。今貴方が獲得するものはこの世界を超越している。宇宙に存在するその他の一切と人間本性との間の神秘的な関連を洞察するまでに成熟する。それに相応しい勇気と大胆さで霊界参入する。危険を平静な眼で直視し、進んで困難を克服しようとする態度を身に付ける。宇宙の力は破壊的であり建設的である。人間自身もまたこのような力や運命の中に織り込まれている。彼自身の本性の中に破壊と建設の力が共存している。霊視力を得た人間の前に、外なる事物があらわな本性を開示する一方で、彼自身の魂もその本性を露呈する。彼の地上的な部分がどれ程力を失い、弱さを示すようなことになっても、彼は何度でも自分を支え高めてくれる霊的な部分を求めて闘う。彼はどんな状況の中でも未来に向かって生きる。その成熟の度合いに応じ存在の秘密を本当に経験する。知識と能力の高次の段階へ到ろうとする人の前には、成熟を促す様々の障害が待ち構えている。常識を超えた事柄の知識も目標へ到る手段である。一層偉大にして真実なる自己信頼、一層高次の勇気と持久力、新しい種類の魂の偉大さを獲得する。平静と孤独の中に留まれ。内的に静粛寡黙になれ。ふさわしい成熟に達したなら、いつかはそうあるべき自分になるであろう。時折は大自然の平和な安らぎや優しさの中に、もしくはその崇高美の中に身を置くことが望ましい。突然、静かな部屋に坐していた彼は、霊光に包まれ、周囲の壁が一挙に消え失せる。透明化した周囲に新しい世界が展開する。そして彼の霊耳には妙音が響いてくる。自分にとって最も根本質的な事柄さえ、思想哲学宗教書等には共感できる部分が沢山あるだろうと、それでもこの状況から救い出すには程遠いか、己の力＋天の助けがあれば神の御手が入れば救われる。高次の世界へ参入する代わりに、自分自身の主観的な幻想世界の中へ陥る。真理の代わりに、勝手な意見が自己を主張するようになる。神秘修行は、興奮したり空想力豊かであったりすることよりも、「冷静」であることによって、その客観性が保たれる。自分を全体生命の一部分と感じる。私が自分自身を完成させようとする努力は世界のためでもある。世界は私の純粋な感情や思考から、私の善行からと同じ利益を受け取る。すべて決意は一つの力である。行為すること自体に喜びと満足を見出す。修行者は自分の行動が、自分の全存在が世界のために捧げられていることを学ぶ。自分に向かってくるすべての事柄に対する感謝の気持を養う。自分の存在は全宇宙からの贈り物である。人生をこれらの条件に相応しく形成する。内なるものは外においても自己を全うする。創造活動と敬虔な態度、この二つを尊重することが神秘修行者に求められる基本感情である。神秘道においては、学ぶという行為がすべてである。認識の階梯を高く上れば上る程、静かで敬虔な傾聴が必要になってくる。霊界における認識行為、それに伴う一切の生活と行動、それは高い領域に到れば到る程、物質界で必要とされる通常の認識行為に較べて、一層微妙となり繊細となる。人間の活動範囲が拡がれば拡がる程、その人の行為の基準は微妙になる。十六弁の蓮華全体が一様に輝き始め活性化される。その十六弁のすべてを活性化することによって特定の能力が生じる。自己に沈潜し自己と語り合い自分にふさわしい生活信条を確立し自己を吟味し経験的な知識に思考の力を浸透させ、諸々の義務について思い巡らし、人生の意義と目的について反省する。このような修行を通して蓮華はますます完全に生長していく。考えたり語ったりする事柄が、外界の諸事象と一致すればする程、この能力は一層速やかに開発される。肉体を超越することは簡単だろうと、それでもこの肉体がどれだけ重要なものか、肉体を忘れる。
