常に一部より全体、結合より合一の精神でありたい。
パソコンも直し直り最高度フルハイスペックにするなる。世界中には無限の巨額莫大な金が溢れ流通している、少しの金の損得で一喜一憂するのは愚かだ、だから何もかも全部俺の枠のものだ。金を稼ぐという意味では、株と己の字の力で自分の口座に無限の巨額莫大な金を振り込み入れておく、それが金を稼ぐという意味での仕事だ。霊的事柄について新しい知解と新しい霊的味覚が彼の心に生まれてくる。霊的事柄の甘味さは魅力に富んだものだった。勉学は人間全体を要求する営みであり、それ自体節欲と苦行を含む。健康と両立する限り苦行を実践し始める。要するに私は、この世の美しさと、この世で我々に与えられている様々な善きことのために、以前の神の怒りは既にとっくに忘れ去られているが、自然の偉大なる神、天と地の創造者にして保持者たる神に、直接近づきたいという考えを抱くようになった。しかしそのために私の選んだ道は、まことに奇妙なものであった。自然と直接結ばれ、自然を自己の創造物として認め愛している神、これが真の神であって、この神は他のすべてのものと同じく人間とも、より緊密な関係に立つことができ、星辰の運行、日々の時、季節、植物、動物に対するのと同じく、人間に対しても心を配ってくれるに違いないと私には思われた。文辞は洗練が第一なり。感情思想の洗練なり。粗野な心は洗練されなければならない。またしても生の充実と高揚を体験する。「万物に内在するアートマン」は、飢えと渇き、憂い、迷い、老齢、死を超越する。自らの本質をなしている「有」を知ることによって個体的存在から脱却し、「有」に成る。最高実在は万物に浸透し自己自身の内部に主体的に捉えられる。天の彼方に、万物の背上に、すべてのものの背上に、最高の世界に、燃え輝いている光輝、真に人間の内部の光輝である。アートマンは個体の本質であると共に、個体を超えた普遍者であり、宇宙の最高実在と一体のものである。人が自己の内面にアートマンを直観するとき、彼は個体の限界を越えて最高実在と一体である自己を自覚する。アートマンを思念し続ける瞑想の極限において、アートマンを客体化して思念する自己を脱却し、最高実在と一体である本来の自己としてのアートマンを自覚する。偉大な不生のアートマンは、一切の統御者、一切の主宰者、一切の君主である。一切の主であり万物の君主であり守護者である。彼の心を拠り所とする、すべての欲望が放棄されるとき、死すべき者は不死となり、この世でブラフマンに到達する。自と他との二元性を離れ、ブラフマンと一体としてのアートマンを自らの内面に直観する。そのとき彼は身体を蝉脱してブラフマンそのものとなるのである。彼は有と一体になった。本来の自己に到達した。彼が夢の中で歩き回るとき、彼にとって諸世界がある。彼はあたかも大王であるかのように、偉大な婆羅門であるかのようになり、上方に下方に赴くかのようである。あたかも大王が臣下の者たちを統率して自分の領地を思うままに巡遊するように、彼はここで諸機能を統率して、自らの身体の中を思うままに巡遊するのである。若者、大王、偉大な婆羅門が歓喜の頂点に達した後に休息するように彼も休息するのである。この世の罪と彼方の世界の歓喜の両者を見る。万物を包蔵するこの世界から物質素材をとり、自ら破壊し創造し、自らの光輝により、自らの光明によって夢を見る。神人は自らを光明とする。彼は創造者であります。個体のアートマンは熟睡のときに彼方の世界に到ると考えられている。絶対者＝自己は合一体験において充実した実在感をもって捉えられ、その体験を持った者にとって、日常的な自己とそれが経験する世界とは、虚妄の幻影にすぎない苦に満ちたものとなる。自己の内面に沈潜する者は、次第により内部にある自己を自覚し、自己の本源へと還って行く。後には禅定や三昧の段階的な深まりが明示される。自覚の漸進的な深まり、アートマンが次第に内面化される。内面への道は、究極的には自己からの離脱の道である。絶対者が自己の根底に顕れて絶対者との神秘的合一が体験される。真の自己、偉大な不生のアートマンが顕れる。自己を脱却して絶対者と合一した境地は、しばしば性愛における忘我の境地によって喩えられる。神格として表象される自然界の諸要素と、人間の諸機能との間には対応関係がある。諸機能の集まりである人間は、諸神格によって構成される大宇宙に対する小宇宙と考えられている。太初に神々が巨大な原人を供物として祭祀を行ったとき、解体された彼の身体の各部分から世界の構成要素が生じた。神格が願望を叶えてくれるように期待する、神格に近づいて自分の意図に従うようにせがみ強要する。対象をある名称のもとに思念する。対象に対する支配力を得るために、それが自分の意のままになる他のものと同置する。念想の内容となる。あたかも蜘蛛が〔自ら分泌する〕糸によって上に昇って行くように、あたかも火から火花が飛散するように、このアートマンから、すべての機能、すべての世界、すべての神、すべての存在物が諸方に出て行くのである。罪が除かれ老いず死を離れ憂いなく飢えなく渇きなく、その欲望は実現され、その意図は実現される。一つのものの様々な様相が、種を同じくする一連のものと同置されることもある。
