幻想的な暗示が現実に展開するのを高度な心的状態の中で体験する。主観的確信は心の中に存在し、完全智に到達したこと、全課程を修了し自らが聖者となったこと、解脱に達したことを知る。涅槃への願いを育み成就する正しい瞑想,組織的鍛錬によって達せられる法悦の境地こそ仏教の本質的部分なのである。永遠の生成と離散、仏教の思想は漸次ブラーフマナの思弁から自らを解放しつつ大きな展開,急激な変化に逢着した。仏教の思想は深まり一段と精緻になった。渇愛とは激情や激しい欲求などである。法が永遠に存在する実在であり刹那的に作用し本性は経験界の外にある。法の一時的発現と超越性とを区別し、その結果、法は作用する時間(過去･現在･未来)にも､すべて潜在的実在性を持つ。未来の法も思惟の対象であるという見解が説一切有部に帰せられる。個々は自らが行なう業によって生じ、多種多様な大自然の出来事は偉大な業の法則の結果、原因は自己自身
