彼の生活に働きかけてくる霊的な諸体験が絶えず彼の全存在に影響を与えている。修行者は自分の全存在に対する支配力を常に自ら確保し、透徹した意識、人生のすべての状況に対する静かな見通しを持ち続ける。お前の性格は美しい面と醜い汚点とを併せもっている。お前はこれまでの思索と体験、人生経験を通して、この両方を自分で作り出し上げてきた。お前の運命はこれらの力の働きの結果なのだ。お前の過去の一切の良き面と悪しき面とが、そのすべてが、お前自身の存在の中に織り込まれて、今お前自身に明示される。それらはお前の内部から取り出され、お前の人格の外へ出る。私のこの形姿はお前の高貴な行いと悪しき行いを素材として作られている。私がお前の外へ出てきたことによって、隠された叡智もまたお前から離れる。私はますます完全な偉大な存在になる。お前がこれまで己の犯してきた全ての不正行為に決着をつけ、自己を浄化させたなら、その時はじめて私は光輝く壮麗な形姿に変じるだろう。そしてそれからのお前の活動の光栄のために、再び私をお前と合一させるだろう。新しい地上生活を通して、私の姿をより美しいものにしようとするお前の未来の光栄のために、新しい生誕に際してお前に与えられる能力である。運命の力が繰り返してお前を地上に受肉させるのは、私自身がまだ不完全な姿を示しているからに他ならない。お前が死んだ時、私はそこにいた。そしてその進歩向上のために、カルマ導き手は、お前が再びこの世に生を受けるように定めたのである。もしお前が転生を通して無意識的にでも私を完全な存在にすることができたとしたら、私との完全な合一の中で不死なる存在となっていたであろう。私が守護する領域は、これまでのお前が死後入っていった諸領域と感覚的世界との境にある。これからお前はこの諸領域の中へまったき意識を持って歩み入る。これからは地上で肉体を保持し続けながら、同時に死の国で永生の国で生きることになる。私は事実、死の天使でもある。同時に不滅の霊的生活の提供者でもある。生身のままで、お前は私を通して死を体験し、それによって不滅な存在への再生をも体験する。今お前が足を踏み入れるこの領域は、超感覚的存在者達をお前に引き合わす、お前は祝福を受ける。この世界での最初の出会いは、お前自身の運命の所産であるこの私自身との出会いである。これまで私は、お前自身の生活を生きてきた。しかし今私は、お前を通して、私自身の存在に目覚めた。そしてお前の前で、お前の未来の行為の眼に見える規範となり叱責者となる。お前は私を創造することができた。しかしそうすることによって、お前は同時に私をたえず改良し続ける義務をも背負ったのである。神秘修行者のこの上もなく切実な体験の再現である。この境域の守護霊はアストラル的形姿であり、修行者の高度な霊的直観によって知覚される。守護霊の姿は修行者自身の過去の生活の結果である。その姿は過去の生活が作り出し上げた修行者の性格である。生活の結果が彼の外で独立した生存を営めるまでに覚醒されたのである。この覚醒は、意志と思考と感情が相互に分離して惹き起される。この体験を通して、自分こそが或る霊的存在にその根拠を与えたと自覚できる。死が全く意識的に体験され、使い古しの衣服を脱ぎ捨てるように肉体を脱ぎ捨てる。彼の視野が拡がるにつれて、彼の果すべき義務範囲もまた拡がる。このことの現実の過程は修行者が自分のアストラル体に新しいアストラル体を付け加える過程である。全体との合一、唯そのためだけに生まれてきた、意識のみならず物理的現実的にも合一する。全体の中を動き回るために産まれた。守護霊という超感覚的存在を生み出したのが自分自身であった。この存在の体は人間自身の行為、感情、思考の諸結果から構成されていた。どれ程過去の間に現在のための基礎を作り上げてきたか、今やそれが明らかにされる。運命の打撃が何処からやってきたのかを明瞭正確に認識する。この世の現実の中で獲得できるすべてのものを自分の中に取り入れる。人生は全く新しい意味を持つようになる。過去と未来への展望が彼の前に開ける。超感覚的世界が最初に存在したのであり、すべて感覚的なものはここから発展してきた。感覚的な領域の中で必要な能力を発展させえた存在が現れたときはじめて、超感覚的世界も更に前進する。そのような存在こそが人間なのである。人間は、現在の姿が示しているような霊的存在としての不完全な段階から出発して、その不完全さの中で完全な方向に導かれつつ、高次の世界で働くことができる。未来への展望は超感覚的世界の更に高い段階へ修行者の眼を向ける。そこには感覚世界の中で成熟しえた果実が存在する。それによって感覚世界そのものは克服され、その果実は高次の世界に同化される。死滅し凝結しつつある世界の残滓から新しい世界の萌芽が現れる。我々はこの世で死と生とを持つ。古い世界の死滅しかかった部分には新しい生命の萌芽が内包されている。古い世界から受け取ったものを自分の存在の莢として担っている。この莢の中で未来に生きるべき存在の種子が育っていく。完成しされ出来上がった形は既に知っている、後は其処まで引っ張って持って進め進んで行くだけだ。本来あるべき姿を示し表し実現するだけ、あるべき姿が現れるだけだ。枠も中心核も俺も根は同じ16歳だ、何もかも全部統合一致する。16才を今に！！16才が今に！！16歳も今に！！16歳も今に来る甦らせ甦る蘇らせ蘇る取り戻す。枠に完全復活顕現発現再現体現出現！！16才の力も今に枠に取り戻す！！枠も使うべきか。全体と合一し枠はその中で内で内部で自由に動き回る。全体の中の内の内部の枠、最も優れた中心核枠である。人間は高い霊的関連のもとに生まれてくるのであり、その性格や運命もこのような関連によってつくり出されていることを悟る。修行者は人生の法則、すなわちカルマを認識する。彼は自分の低い自我がとっている現在の姿が、自分の高い本性が受肉すべき様々な形姿の一つであることを知る。そして彼は、自分の内部で高い自我が低い自我に働きかけ、自分をますます完全な存在にしていくさまを眼前に見る。高い自我を知る。低い自我へのこの自我の受肉の教え（すなわち輪廻転生とカルマの法則）を知る。偉大な霊界参入者の存在を知る。自分のエーテル体の流れを通して本来の高い生命要素を統御し、それによって肉体の拘束を自由に脱却する。霊界に存在するものを、物質的事象の原因として知覚することができる。この高い自我の中に没頭する。この高い自我を自分の本性と見做し、それに則って生活する。心臓部に生み出された器官から、美しく輝きながら、他の回転する諸蓮華やエーテル体による諸通路を通って流れ出ている。それは更に外の方へ向かって周囲の霊界の中にまで輝き霊界を霊的に知覚できるように照射する。それはあたかも上空に輝く日の光が地上の存在を物質的に知覚できるようにするのに似ている。霊的知覚器官の流れを自分のエーテル体に浸透させ、更に外なる霊界にまで送り込み、そのようにして霊的対象に光を当てることができるようになる時、本来その時はじめて、彼は霊界を明らかに対象化し、霊界の存在者たちを知覚し認識するようになる。この知覚器官を生み出す「私」は人体の外に存
