16才からの軌跡道程も枠に来る。16歳から生まれ始まり広がっている軌跡道程も枠になる枠である。全体の中の中心核と枠とを完全に一つに合一するんだ。枠と中心核と全体とは決して離れぬほど強く強く強力に繋がり結び付いている。俺の枠の中の16才からの軌跡道程なんだ。俺の枠の中で16歳から軌跡道程が広がっているのだ。16歳から中心核と枠とを一つに合一することさえ出来れば出来上がり完成だ。全世界中を枠に超圧縮！！何かも全部中心核枠に超圧縮！！16歳も枠に！！泥の中に咲く蓮の花のように清廉な心を持て！何もかも全部忘れて枠ごと一つに合一するだけだ。後は何もかも全部神に運命に全体に中心核に１６歳に委ね任せ委任するだけだ、頼むから今日中に今この瞬間にも駄目なら終わらないなら消してくれ殺してくれ死なせてくれ・・嘗てはそうだった素晴らしかったこの俺の枠の最後の願いだ。部分がそれ自身ある程度独立しているなら、その部分について語る資格はあるけれど、部分が常に全体の一部で連関であるならば、全体を把握してから初めて部分についても語ることが出来る。全体を総括してから初めて部分の持つ意味が分かる。既存の枠を埋め尽くすことは当然として、試行錯誤を繰り返して既存の枠を破ることが重要です。十二年前十六歳の誕生日を迎えたんだ、その少し前に小笠原隆一が数の家庭訪問に来て・・あの時出ておくべきだったかな。全部の過去が今であるとするなら、全部の過去の枠も今の枠である筈だ、あの当時も今！！この枠を中心に放り投げ込む。内面的完成を求めて変革変質を繰り返し走り続けた筈のこの１２年間も、今だ完成には至らず、当時より衰えているようにさえ見える。16歳では枠に充満し、枠を飛び出し越えてからは意識は残骸抜け殻の枠にしがみ付いたまま領域は全体全面まで広がっている。この枠を壊せば破壊すれば、意識も枠から離れてくれるのか・・枠からは力も気もエネルギーも何もかも全部抜かれ奪われ持ってかれてしまうけど、「自分であるという意識」は枠のまま枠に拘り執着している。16歳では枠として本当に素晴らしかったんだ、輝かしい未来が広がっていると思っていたら、何もかも全部ぶっ壊し壊れ壊され、あんな病院なんかに連れて行かれて汚ねえ奴等に好奇軽蔑の眼で見られ分かったような口振りで下らねぇ問答をさせられて、今更いい年してこんな生きてるだけで汚らしい糞ゴミ人間で、俺は俺は・・
