16歳のように16歳以上に圧倒する。昔のように嘗てのように16歳のような16歳以上の無限の無限大∞の絶対圧倒超人的な巨大強大絶大壮大甚大強烈猛烈壮烈激烈なる脳の力をパワーを脳力をイメージして甦らせ蘇らせ甦る蘇る。16歳の16歳以上の脳も身体も今枠にある。16歳から軌跡道程から今中心核枠である。普通に見たらもう全然駄目だけれど、イメージ的には理想的完成形に近付け付いて来たと言える、丹田から枠も16歳から中心核に根本質的に合一致するんだ。16歳に沈み込み16歳になること、軌跡道程ごと枠に一体化してゆく、16歳から生まれ始まり広がる軌跡道程ごと全部の時期あらゆる頃あらゆる時の枠こそ全部の枠こそ全枠こそ中心核、枠が其処に入り込み突入没入し一つになるだけだ。16歳の頭も顔も身体も今枠にある。16歳の脳が今脳にある。自我で自信で意思の意志の力で出来成れる。宇宙の歴史ごと人生全体も一つの統一体として理解し、全部の過去を今という同じ時に感じ、そして全時空間を今枠の一点に集める。これで全部の失敗の後悔も取り戻せ運命だったと納得できる。人生全体ごと時空間的な軌跡道程ごと時空間を超越する全体全面ごと一気一挙一時一度に意識イメージし理解認識し、そのものである自分自身を自覚する。本音では誰よりも愛に飢え心荒廃していた・・実在の本質は物より心、観念または理念、思惟は即ち実在、こうした観念論の哲学体系がプラトン・アリストテレスにおいて咲き又実れるギリシア哲学の花と実である。外界から完全に離脱して全く自立自足の境地に達する。無限大の満足に到達する。人間は或る程度までその知性が磨かれると、必ず終に自分というものに目醒める。我というものが意識と反省との中心を占めるようになる。それは個人的には青春の頃、民族的には文化の爛熟期、国民的にはむしろその政治的頽廃期に、我々の目覚めが来る。広げ広がり続けた俺が領域が枠を中心核に置く、俺の中心が根本源質が枠、内在的にして超越的な神への愛の表現、それに神との交わりと合一への希求、神を「至る所で常にすべてであるところのすべて」「埋め尽くす無限なるもの」と呼ぶ。二つを一つにする。神の内に神と共にあるすべての存在者が合一する。我々が万物の中にも一者の中にも生きられるということは何と幸福なことか。愛は何とすべてに行き届いたものなのか。万物の中に住めば住むほど、ますます我々は一者の内にも住む。神は自分自身を愛する。神の自分自身への愛は、人間への愛であり、人間への愛は、神自身に対する愛なのである。神と人間の両方は合体して一つになり、我々は神のすべての業の中にあることを神同様に喜ぶ。彼は肉を纏って現れてくださる。最もかけ離れた両極を結び合わせるため、また我々の下劣さを身近に引き寄せて、我々をすべて神聖なる者にするために。そして我々は神の生を知るであろう、神がこの世に現れたからである。そこで神の愛はいかんなく示され人は神の中へ消え入るのである。神の最も深い海に身を沈め、その無限の広大さの中に消え入る。貴方の愛の大海の中で天上において我らが姿を消し去るまで。ある標準的なキリスト教辞典は、神秘主義を次のように定義している。一般に、個人的な宗教体験を通して、この現実の人生において神を直接に知ること。神秘主義は第一に祈りの状態、そこには短時間で稀に起こる神との接触から、殆ど永続的な神との合一、いわゆる神秘的結婚に至るまで、様々な段階がそれとして認められる。この執筆者によれば、神秘主義は多くの宗教に広がっているが、キリスト教神秘主義は次の二つの型にはっきりと分類できる。第一の型は、実在の汎・宇宙的概念に対立するもの、この実在は宇宙と霊魂を超越していると考える。第二の型は、神の中へ霊魂が吸収されるとする思想に代わるもの、キリスト教神秘主義は、創造主と被造物の間の区別を常に保った愛と意志の合一を説く。概して、神について三位一体論的に理解することによって、キリスト教の神秘家たちは、神と人間との同一より合一を唱え、人間と神との愛の関係の強調がこれを強化した。感動の美しさと濃密さは、嘗て私が経験したものの中で最も圧倒的な力をもつものであった。それはすべて絶対的な客観性を帯び、永遠、現在過去未来が一つになる非時間的なエクスタシーとしてのみこの経験を捉える。ユングの宗教に対する取組み方の幅広さと独創性は貴重である。彼は、神体験を人間の基本的な経験であり、神を知ることを、隠された個人的秘密であると同時に超個人的な秘密であると述べる。もし人間が神に似せて造られているのならば、神の愛が人間の愛の内に反映され、また女性に対する男性の愛が、魂に対する神の愛を反映することはごく自然であろう。人間の性行為と神との神秘的合一に見られる密接な類似関係、霊的合一を示すための結婚の象徴、ヒンズー教のシヴァ神とシャクティあるいは妃新パールヴァティの壮大な神話に見られるような神々の結婚や、中国神話の陰と陽という相補的でより抽象的な原理の結合に見ることが出来る。人間の魂が神の言葉と結ばれて、この両者が一つの肉体における二つとなるのは、霊の隠れた深みにおいて秘密の内に行われた。男性と女性の肉体的結合は魂と神の合一に並行する要素を明らかに持っている。
