この枠を中心核に持って行って、中心核を枠に持って来て、嵌め填め嵌り填り込むだけだ。中心核と枠とを一つに統合一致する。彼女が欲しい！！好みの女性に良い感じを向けられたことも何度かはあったんだ、取り戻して全部抱き捲る！！それでも常人には想像を絶する世界に生きて居る。幾千もの愛の喜びもて、貴方の永遠の温みをつたえる、聖なる感情が私の心に迫る。すべてを愛する父よ、高まりゆきて貴方の胸に抱かれん。彼自身の万物への帰依が、神性を、一切を貫いているものと感じさせた彼の汎神論に現れている。生物学的・医学的なものは、もともと人文主義的な関心、即ち人間と人間の美しさに対する関心と、従ってまた芸術と、完全に混和したものであること、彼にあっては、芸術が人文主義的な一部門と考えられていること、そして人間の探求、人間の知識、人間の能力のあらゆる部門、分野が、人間に対する関心という一つの同じ、大きな切実な愛にみちた関心と願望の陰影や変種として現れていることを知るのは、まさに注目すべき重要なことです。今私は自然を眺めるように芸術を眺める。私は人間の作り出した最高のものについて、完全な概念をも獲得しています。これは長いあいだ求めて努力してきたものでした。それで私の魂はこの側面からも一層仕上げられ、更に広い分野へ眼が向けられます。今や私にとっては建築や彫刻や絵画は、鉱物学や植物学や動物学と同じようなものです。結局私たちは、芸術活動においては、自然がその作品を創るにあたって用いるやり方を、少なくともある程度学びとった時に初めて、自然と腕を競うことができる。人間の形姿は、美しい分かちえない全体として生き生きと波うちながら私たちの眼の前に動いているものを、本当に観察し模倣しようと思うならば、その内部を赤裸にし、それぞれの部分を区分けし、それらの結合に注意し、様々な差異を知り、その作用と反作用とに通じ、隠されたもの、安定したもの、現象の基礎になっているものを心に刻みつけなければならない。芸術は他の諸々の部門と同様に、人文主義的な一部門、哲学、法学、医学、神学、自然科学や工学さえも、悉く同一の高度な興味深い問題の変形であり変種である。私たちはこの人間という問題に無限に多様な態度をもって臨める。人間の姿形はそれらすべての総和であります。人間の一切の知識と行為の究局であり我々の知っている一切の初めアルファにして終りオメガなるもの、であります。自叙伝と教育・・有機的なものとの共感の最高の対象である人間の形姿という理念が、私たちの前に浮かび上がってくる時、この二つの概念は再び繋がり合います。二つの衝動は融け合って人文的な統一体となります。人間は自分の似姿を見れば、自己の改善しなければならないところを自覚する。改善と完成化が必要であるというこの感情、即ち自分自身を課題として道徳的、美的、文化的義務として感じるこの感情こそが、自叙伝的教養小説、発展小説として主人公のうちに客観化され、一箇の「汝」として対象化され、この「汝」に対して「我」である詩人が指導者、形成者、教育者となる。この我と汝とは一つのものであるけれども、同時に「汝」に優越するものです。かつてゲーテが、自分自身の中から創り出したヴィルヘルムを、暗い衝動の中を蠢いているこの善良な男を父親のような優しさをこめて「哀れな犬」と呼んでいますが、それほどまでに優越するのです。自分とその似姿に対する感情のこもった言葉です。自叙伝的なパトスのなかに、既に教育的なものへの転回が起っている。この客観化の過程は『ヴィルヘルム・マイスター』においては、運命とその人間的な完成をその手に引き受け、彼の生活を目に見えない糸によって導くあの「塔」の結社を導きいれることによって進められる。『修業時代』においては、個人的冒険的な自己完成の理念が、次第にはっきりと教育の理念に変ってゆき、『遍歴時代』においては、完全に、社会的なもの、政治的なものにさえ流れ込んでいく。絶えず精進しながら努力した、この変容せる人を、昇天した少年たちは次のように歌いながら迎えいれる。私たちは人の世の群から早く離れてきましたが、この方は修行を積んでいますから、私たちにも教えてくれるでしょう。自分の自我を文化的課題として理解し、この課題の追求に心魂を傾けたという意味で、自分の自我を愛し自我中心的であった人、自分がそこに達していることを知る瞬間は人生の最高時にあって初めてあらわれ創造的な人間の生涯における最高の瞬間なのです。あらゆる哲学は、古い世代が学問だと考えているものを、若い世代に教えようとする思想から学校を解放するために戦い、若い世代自身が必要とするものを彼らに教えるという思想を実現しようとする。やる事は全部趣味と実益を兼ねている。一つのことを真に知り実行することは、色々なことを生半可に行うよりも高い教養を与える。伝統的なものに対してすら敬意をはらう、天才の卓越した特性、伝統とは優れた人々が一致して必要不可欠なものを最良のものと認めるということ、を理解する。
