そのもの俺全体全面も中心核枠に集中集合集結！！全員の総力を結集しろ！！だからつまり16才も中心核も枠も俺なのだ。そのもの全体全面足る俺なのだ。16才に注ぎ込めば枠も16歳になれる筈なんだ。もがけ!!足掻け!!その姿こそが御前に相応しい。広げ広がり移動し続けて来たことは確実なる現実、だから16才がこの枠に有れば枠も優れられる、枠が軌跡道程の在る中心核に成れれば,軌跡道程の中から女も抱き捲れる。中心核枠による中央集権的支配,大きな政府?小さな政府?抑えに抑えられてきたものが愈愈爆発する。株も人生も愈愈今日全面高になる訳だ。地球も宇宙も生きている蠢いている呼吸している。地球の魂の呼吸を体験する。人間は個人として自我存在という自由な存在になっただけでなく、地球そのものも宇宙空間から解き放たれて独自の存在になった。一連の進化の最終形態最終地点、進化の極致、自然の諸形態を一つ一つ脱ぎ捨てることによって魂的霊的なものを内部に取り入れることによって進化してきた。貴方は素晴らしい。自分の本性の力を解き自分を力強く現しながら宇宙を生きる生成の喜びが人間自我に語りかける。魔の拘束から脱した私の命を御前に与える時、私は真の目標を達成する。生命の力が天空の彼方から人体の中に入り力強く働きながら霊の本質を人間存在と一つにする。真の深さには常に豊かさがある。やがて押し寄せて来る深い感動・・最も奥深く内密な大胆さを持ち不思議な感動を与える最高傑作・・自分が宇宙の時の推移の中に生かされており、自分の存在の中に流転という宇宙の原像が模像となって映し出されている。大宇宙の時の流れの中で顕現するものが人生の周期となって体験されている。宇宙の壮大な時の流れの中に人間は生きています。人間はまた自分自身の存在の中に壮大な時の流れを映し込んでもいます。この照応する外なる自然と内なる生活の間の往復運動が季節の流れの中でリズミカルに結び付くとき、そこには人間の魂の活力と自己認識の源泉が姿を現します。人間存在の本質に迫るぞ。人生の周期が宇宙の周期に対応している。万象の美の中で新たな自分探しが始まる。自分は自分であるということの意味を理解する。成長する自我が宇宙の万象に語りかける。個我の呪縛から私を解放する、御前の中でこそ自らの真実を究めたい。魂の本質は宇宙存在にまで拡がりつつ狭い自らの内なる強制を脱して今新たに蘇ろうとする。自分の内部から私自身が蘇った。宇宙がいたるところで自らの姿の真実をその神的原像を私に現している。個人的な感情を果てしない空間の彼方へ連れ去る。心の内部に予感が目覚め暗い感情が語りかける。或る神的存在が今お前が感じ取ったことを何時か必ず知るであろう。万象の美しい輝きが魂の奥底に生きる神々の力を宇宙の彼方へ解き放つ。自分自身から離れ只ひたすらに宇宙の光と熱の中に自分を探し求める。魔法にかけられたかのように万象の中に霊の営みを感じとる。その営みが私を包み込み力を授ける。不思議な力で新しく受け取ったものを思い出に包み込む。それが私の努力の更なる目標だ。この目標が私の内部の力を呼び覚まし成長する私を私自身に授ける。見知らぬ力が充実すると、その力が私自身を私に委ねようとする。内部の自らの力の領界で見知らぬ種が育ち予感が光り輝く。遠い宇宙からの光が私の内部で力強く生き続け魂の光となって霊の深みを照らす。その光は人間の自己を宇宙の自己から生長させて時の流れの中で豊かな実を結ばせる。自分自身を絶えず創造しつつ魂は自分自身を確認する。宇宙霊はこの自己認識によって新たな蘇りを続ける。そして魂の闇の中から自覚せる意志を実らせる。やっと自分を取り戻す。内部の光が今空間と時間の闇を照らす。森羅万象が眠りにつこうとするとき魂は深いところから目覚め始める。予感と憧れに誘われながら自らの深みへ降りて行く。己を省みながら自分を夏の日の贈り物と感じる。再び力が湧いてくる。内部に存在の拡がりを感じる。自分自身で思考の輝きを強め体験の意味を解きながら、宇宙の中に霊の力の源泉を求める。魂の衝動を創造の力に変え人間事業を見事に達成させる。自分の力が充実すると、その力が私を世界に委ねようとする。自分の存在が力強くなると、この世の運命の中で明晰であり続けようとする。新たな感覚の刺激を受けて、明澄な魂は嘗て成就された霊の誕生を想う。混沌とした宇宙生成の営みを思考の創造意志で充たす。宇宙の母胎から感覚世界に活気を与えながら生成する喜びが蘇る。その時、私の思考の力は神の力と結ばれて力強く私の内部で働く。喜怒愛憎の念が人一倍烈しい方、情念の底に更に深く厚い厚い闇があり、闇を照し出そうとする努力、闇の中から出て来る光、闇の中へ差し入る光は最も美しい。自分自身の思想を求め形作ろうとする衝動と熱意から自分自身の言葉を求め形作る。歴史がこのことを証明している。言葉は生きている生産活動である。新しい歴史学は｢根本概念のイデーと創造的発展のイデー｣とによって古いヒストリスムスを破壊し、根本概念は永遠に人間的な本質的な実体であって歴史的現象の中に無限の姿をとって繰り返し現われる。あらゆる時代,凡ての民族において相異る創造的たる実現の形式をとりながら､巡り廻り来る統一がシュティルと呼ばるべきもの、この精神的統一の認識が新しい歴史科学の精神であるとシュトリヒは云う。若い歴史科学の問題は,嘗て一度在ったところのものより常に或るところのもの,であり、本質的に精神的なる人間的なるもの,従って何時でも存在しているものに就いて物語ることである,と彼は主張する。学問的意識は歴史の中に成立している。凡て学問の位置は論理学の決定よりは,あらゆる学問が発生し成長して来たところの根源を尋ね､綜合の構造に各々の学問の諸々の根源の中に働いている一つの綜合の働きを求め､綜合の構造に各々の根源を関係させることによって初めて決定される。同じ生れ由来を持つものが､一つの同じ類概念に包括される対象の領域を形作る。この厳しい堂々とした構えが凡て一つの機の上に出来ているように感じられる。
