住む世界が違う。泣きはしなかったが、何か石のように重いものが心にのしかかっていた。様々な考えや観念が早さを一層増して乱れた頭の中を通り過ぎて行った。だが、見舞った不幸の思い出が、絶えずそれらの奇妙な連鎖を断ち切るので、再び自分を待ち受ける運命の未知と絶望と恐怖との出口なき迷路にさまよい込むのだった。魂は天に昇る。放心状態である。今年彼は大化けする。また神風が吹くか。綺麗な顔と立派な身体して何て繊細でデリケートで感じ傷付き易く優しいんだ。精神の著しい不均衡、感情の起伏が激しい。世界は、その基本的単位として物質的心理的の様々の法が分析されて、それらの縁起における集合・離散によって説明されるべきものであった。無明があるがゆえに我々は自我という常住・単一・主宰者の存在を勝手に認め、それに執着している。迷いの世界は、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上と六道あるのであったが、それはまた欲界・色界・無色界という三界の中の世界である。欲界の中に地獄より人間界までがあり、天も一部（六欲天）ある。色界・無色界は天界であり、そこに何層かの段階もある。因みに色界の最高位の天を有頂天という（無色界の最高位という説もある）。ここには感覚世界から非感覚世界へと階層を構成する仏教独特のコスモロジーがあるが、ともあれ我々は我々の行為によって、将来誕生すべき世界が決定されていくのである。運命論？ニヒリズム？運命論者？ニヒリスト？字まで16才まで中心核までそのものまで抜かれ奪われ持ってかれ引っ張られ引き付け寄せられる。
