何て綺麗な美しい優しくて深みある顔をして居やがるんだ。
あらゆる意味で人間を飛び出し越え人間の範疇以上、すべての人間共をぶっ千切って超越したんだよ、この俺は！！端正に整った顔で重苦しい何ともいえない表情をする。そんな細かいことまで良く覚えてるね、あんたは・・背が高く肩幅も広い男だったが、とても奇妙な性癖があった。あの追浜の古本屋店員を救って抱いてやらにゃあならん。ゆっくり着々と好きな好みの女の恋人の軆を開発していく。枠としても、そのもの全体から俺から宇宙から全世界中から地球から大地から力を受ける、受けている中心核に移動して行くのだ。俺の枠の全身の全部の力を使い切って尽して果していれば脂肪も取れエネルギーに替わり変換され顔も身体も引き締め締まる筈だ。枠の頼る依る相手はそのものまで俺だけ、独我、絶対我、永遠不朽我、枠も完全に全体を支配統制統括する仏に仏陀にそれ以上に成れる筈だ。他人絡みでは簡単な事でショックを受け傷付いてしまう。試練を苦難を乗り越えるんだ、人を人間を超え越えるんだ超越するのだ。飲食物は精神のエネルギーにもなるか、傷付き疲れ乾いた渇いた飢えた心を癒してくれる。最後まで神風が吹くのを神風の到来を待ち望む筈だ。人生の追体験、軌跡道程の追体験だ。思ってたより全然想像以上の美男子だ。 終止符ピリオドを打つ。枠が殻を自ら破り始める。やる以上は理想は求めるところは最も高くですよ。自分の足元に掘られたすべての陥穽にひっかかった。憤懣、激怒、錯乱がわたしを捕えた。昔よりずっと底の方に居るのに再び平静と安心を見出しいるし、幸福に落ち着いて暮らしている。移り変わりはどういうふうに行われたか？自然に知らないうちに何の苦労もなしにである。最初の不意打ちは恐るべきものだった。愛と尊敬に値する人間だと自ら感じていた、当然そうあっていいように尊敬され愛されているものと信じていたのに、突然自分がこれまで存在したこともないような怪物に変えられているのを見た。この奇怪な変動の原因を知ることさえ何時になっても出来ず、激しく抵抗しても一層身を縛られるにすぎなかった。こういう哀れむべき状態にあって、長い間の苦悶の後、結局わたしの宿命となるかにみえた絶望感のかわりに、再び朗らかな心、落ち着き、安心、更に幸福さえも見い出した。日々の生活が昨日の日を喜びをもって思い出させる。常に変化に充ち満ち激しく変わり大きく変化し続ける。愚痴をいわずに必然の支配を耐え忍ぶ。まだ色々なものにつかまっていたが手掛りが次々になくなって自分独りにされてしまい結局己の地盤に帰った。四方八方から攻め立てられて平衡を保てない。自分にだけ寄りかかっている。打撃の的は時には外れることはあっても意図は必ずその目標に達する。不幸を誰の所為にしていいか分からない時には、運命というもののせいにして運命を人格化し目や知能を備えた存在として、故意に自分達を苦しめているのだと考える。自分を完全に受動的存在と見なし、ただ運命に服従しなければならない。心情はそれに承服したが、まだぶつぶつ言っている。その不平は自尊心から生まれる。自尊心は人々に向かって腹を立てていた後で今度は理性に反抗している。自己に対する尊敬は誇りを持つ魂の最大の動因である。自尊心は色んな幻想を描いてみせる。私は再び魂の平和を見出した。至福の境地を見出した。先に見える不幸を気にかけはしない。ただ現に感じている不幸に悩まされるだけだ。その不幸もごく些細な事、ある時は知的な楽しくもある対象に心を向けてそれに甘美なものを感じながら自分の精神と官能を委ね、ある時は心情に相応しく創り出した空想の子供らと戯れて感情を養われながら、ある時はまた独りきりで自分に満足し、今から私に与えられるべきものと感じている幸福に満たされて、一日の四分の三を過ごしている。薄っぺらな包装を透かして他人の心の内に憎悪と敵意を見るとき、胸は苦悩に引き裂かれ、こうして愚劣な慰みものにされているという考えは、そうした苦悩に加えてまことに子供じみた悔しさをさえ感じさせるのだが、それは愚かな自尊心の結果であって実際馬鹿なことだと感じながらもそれを押えることができない。そういう侮蔑的な嘲笑うような目差し、依然として、すぐに興奮させられ傷付けられ腹を立てさせられるような人間だった。官能に支配され印象に抵抗できない、対象が官能に働き掛けている限りは影響されずにはいない。しかし、そうした感情は一時的なもので、その原因となる感覚がある間だけ続くにすぎない。憎しみを持った人間がいると激しく心を揺すぶられる。田園と孤独を想う。樹木の下、緑の草原に自分を見い出すやいなや、自分は地上の楽園に居るような気がして、人間の中で一番幸福な者であるかのように強い心の喜びを味わうのだ。短い成功の時代、僅かな栄光と長き挫折の日々、こんなにも甘美なものとなっている孤独の散歩、社会的な情念とそれに伴う惨めなものから離れてから漸く自然とそのあらゆる魅力を再び見出すことになった。無意識的な最初の衝動を抑えることの不可能なことをはっきりと思い知らされる。攻撃を受ける度に血を燃え上がらせ、怒りと憤懣が官能を捕えるがままにして、何としてもどうしても止めること我慢することのできない最初の爆発を自然に任せておく。キラキラ光る目、火照った熱った顔、震える手足、息詰まるような動機、自然のままに最初の爆発をさせておいてから少しずつ良識を取り戻して再び自己の支配者になることが出来る。長い間試みてなかなか成功しなかったことも今ではずっと上手くいっている。すべては同じように、移りやすい気質、烈しい風が吹けば騒ぎ風がやめば忽ち静かになる、揺すぶるのは激しい天性、静めるのはものぐさな天性、現に感じている一切の衝動に動かされる。どんな衝動でも激しい短い間の運動を起こさせる。印象が瞬間ごとに更新される。弛緩が生じた最初の瞬間に再び自然が欲した通りのものになる。こうした状態を夢想の一つで描いた。自分自身を楽しんでいる。目付きや態度や言葉の調子や歩き方などによって読み取る。すべての人の心が人生の雲間に煌めく一瞬の強烈な悦楽の神々しい光に綻びるのを見るに勝る快い楽しさがあろうか。
