意識の本体も枠でなく中心核なのだ。
もうこの枠も顔も身体も心も捨てたい!!捨てる!!捨てた！！殻も頭蓋骨も鎖骨も捨てたい捨てる捨てた！！何もかも全部捨てたい捨てる捨てた。そう,つまり､可能態[丹田から広がる枠から広がる俺]から実現態[16才から広がる中心核から広がるそのもの]まで。胸に石のように重く重く圧し掛る､心の石が重すぎる。枠自体の八割は中心核にある､それでも意識は枠にしがみ付いた侭･･だから抜け殻残骸の枠が此処に居るだけ有るだけ。馬鹿に付ける薬はねーか･･時期さえ合えば御前にも如何こう言ってくれる向きも沢山沢山本当に沢山あったのだぞ･･滅茶苦茶な内面の所為で全部を逃し逸してしまった･･もうどうなっても良いさ,もうどうでも良いや,それでもこの枠の始末だけはつけてくれ､殺すか死なせるかマトモにするなるか・・全体から個体に､個体から全体へ､全面から一点に､一点から全面へ・・意識が肉体の枠を捨て離れれば､16才から広がる中心核から広がるそのもの全体としての自分を､感じ意識しイメージし理解し認識し自覚出来る。寝て起きたら今日今この瞬間にもそうなってくれている可能性があるから大きいから自殺が難しいのだ。多少枠に力が溜ったとしても纏めて根括ぎ中心核に抜かれ奪われ持ってかれてしまう・・全部の過去も今にあるなら全部の時期あらゆる頃あらゆる時も今だとするなら・・今の枠という一点が軌跡道程まで永遠まで全体まで。手厚い碁、16才で枠を飛び出し越えてから広げ広がり移動し続けた軌跡道程も最後に一つに合一する為、散らし散らせ散った何もかも全部も最終的な収束収斂完成の為、本体である中心核に引っ張ってもらう枠、枠もその本体である中心核に引っ張ってもらう。
