時間を超えろ！空間を越えろ！現実の外へ！そうすれば過去も今、過去も今の枠である、全体である。私は自分の中に徐々に世界を改造する力が宿っていることを感ずる。何かが自分を引き寄せていることを感ずる。私が彼らを引き寄せると彼らは私を引き寄せる。そして私たちは、そこに新たな合一への希求を感ずるのである。私は自分の中のその力に、お前は誰か？と尋ねる。私は愛、天の支配者であり、地の支配者でもありたいと願っている者だ。私は天界の諸力の中でも最強のもの、地上に明日の世界を築かんためにやって来たのだ。彼は霊の神秘を見た。そして人間の偉大さを見た。私は神の子だ、神が私を通してお働きになるし、私を通してお語りになる。私と神とは一体である。ただ全体に依存し寄り掛り神の中に安らうだけだ。我々には自分達が個々別々の存在と見えるけれども、自分は一個の孤立した存在だと思っているけれど、皆一つの萌芽から生まれたようなものである。ある宗教は、神は太陽であり様々な動物の形をしていると説き、またある宗教は、神々とは天と地であると説き、更に第三の宗教は、唯一の神が世界を創造し万民の中からお気に入りの民族を選民とされたと説き、第四の宗教は、神にも色んな神がいて人間のやることに直接関与してくると説き、更に第五の宗教は、神が人間の姿をもって地に降臨したと説くのである。自己完成は内面的な仕事でもあり外面的な仕事でもある。自分の中のただ悠久無限の存在者を称えつつ、その御旨にすべてを任せるがいい。君は、その本質が愛であることを知っているはずだ。父よ、我が霊を汝の手に託す。私の霊が父の御許へ帰る。真に生きるということは神の前に一人で生きることなのである。キリスト教の根本的意義は、人間すなわち神の子と父なる神との直接的交流の樹立にある。無限に発達しうる力と完成の萌芽を霊的本性を見た。神の本体を言葉で言い表せる？神の力などというものは学問的な研究によって解明される？神は愛である。愛の中に居る者は神の中に居り、神もまた彼の中に居る。愛の原因は自分の内なる神的霊的本源の自覚である。私が貴方達を愛したように貴方達も互いに愛し合いなさい。私の宗教は生きとし生けるものへの愛である。天と地は永遠である。聖人も己を脱却することによって永遠となる。彼は永遠となることで強力無比となり、己に必要な一切のことを成し遂げる。かつてこの世に起きた善と悪との闘争の中でも最大の闘争が開始される前兆を多くの民が待ち望んでいる今日、世界のあらゆる場所で既に微かな雷鳴が聞こえている今日、神の軍隊とサタンの軍隊の決戦の時が迫り自由か隷従かという人類の未来の運命がそれにかかっている今日・・我々が個我から脱却すればするほど完成度も大きくなる。慰めの道、悦びの道、果ての成果が地上における人類友愛の世界、平和と愛の神の国の建設、究極的な偉大な合一、各人の生命と万人の生命との合流、神および神のすべての被造物を抱擁する普遍的な愛の教えである。神は勝利を収めた。神の国が地上に建設され、神の子らに祖国が与えられた。賢者にとってこの世で最も身近な目的は、この世のすべての存在の合一である。神を見出し奉仕する人は賢く幸福である。すべてのものを神的純全性という理念に照らして眺め、己の全生活をもって純全性への精進を行う。思想は自分の知能によって獲得されたとき、あるいは少なくとも既に心に兆している疑問に対して答える場合に、はじめて人生を動かす。これに反して、頭と記憶力だけで受け入れられた他人の思想は、それに反する行為と平気で共存する。教育の基礎は、万有の本源に対する関係の樹立と、その関係から生ずる行動の規範の樹立である。
