積み重ね上げて来た筈の軌跡道程は,創り造り作り出し上げて来た筈の世界は,一旦枠から全て切り離された･･一人きりで孤高に孤独に孤立した。俺の枠の中で人生が生まれ始まり広がっている,だから,俺の枠の軌跡道程、俺の枠の中で始まり終る。始まりから終りまで俺の枠・・今は俺の中心核に軌跡道程がある。もう27歳か･･16歳宇宙最高も完全に世界と切り離され見捨てられ後悔すべき汚く恥ずかしい過去のトラウマとどうしようもない現状に襲われるゴミ人間に・・・霊魂・アートマン・精神・心あるいは意欲・生命などを最高神に向けること、最高神を最高の帰趣として彼に帰依すること。意を我にのみ置け、心を我に潜めよ。かくて汝は我の内に住すべし・・最高神を敬愛し身を捧げる人は、最高神の内に生き、最高神に到達する。最高神は彼の中にある。最高神の本性への分与を自ら実現すること、最高の存在との冥合を霊魂によって証悟すること、自己の本性の深奥で最高神との冥合を証悟する。自己実現の最良の道は全身全霊を最高神に向け、すべての行為を最高神に捧げて最高神との合一を求める。求める相手と人格的関係に入ることが出来､超越と内在の神性を持ちながら､崇敬愛慕すべき原審で現われる最高神に､彼は来たる。全心を傾けて彼(最高神)にのみ帰命せよ､彼の恩恵により汝は永遠最高の安祥に達すべし。聖者の位に達した修行者は超自然的な霊力を持ち､物質的な肉体から放射した霊的,気体状の身体･色心の為､彼の周囲一帯には幸せを生む力が放射する。幻想的な暗示が現実に展開するのを高度な心的状態の中で体験する。主観的確信は心の中に存在し、完全智に到達したこと、全課程を修了し自らが聖者となったこと、解脱に達したことを知る。涅槃への願いを育み成就する正しい瞑想,組織的鍛錬によって達せられる法悦の境地こそ仏教の本質的部分なのである。永遠の生成と離散、仏教の思想は漸次ブラーフマナの思弁から自らを解放しつつ大きな展開,急激な変化に逢着した。仏教の思想は深まり一段と精緻になった。渇愛とは激情や激しい欲求などである。法が永遠に存在する実在であり刹那的に作用し本性は経験界の外にある。法の一時的発現と超越性とを区別し、その結果、法は作用する時間(過去･現在･未来)にも､すべて潜在的実在性を持つ。未来の法も思惟の対象であるという見解が説一切有部に帰せられる。個々は自らが行なう業によって生じ、多種多様な大自然の出来事は偉大な業の法則の結果、原因は自己自身、全一感情に至る。
