枠ごと一つにすること、一つになることだけが生きる目的、最終目標なのだ。予め完全な設計図を引き、細部に至るまで考え抜いて仕事に当たる。イアン・ソープのような身体になりたい、セックスも有酸素運動、酸素を脳に取り込み入れたい。16歳に何もかも全部根こそぎ沈み注ぎ込み集中集合結集し移動する。16歳に集中するとは、つまり過去に遡り軌跡道程も枠になっていくことだ。何もかも全部奪い去られ浚われてゆく・・自分であるという意識も枠から移す移る移動する。抜け殻残骸枠ごと持ってかれるんだ。常に16歳から広がる軌跡道程が枠にあると意識しているのだ。外からの刺激が内からの気分と緊張に出会い、この二つが幸運に恵まれて一致すれば、対象についての思索は自然に動き出す。読書とは思索の代用品で、精神に材料を補給してはくれるが、その場合、他人が我々の代理人として、とは言っても常に我々と違った方式で考えることになる。具体的な事物は本来の生き生きとした力で迫ってくるため、思索する精神にとっては恰好の対象となり、精神に深い感動を最も容易に与えることができる。真の思索者は君主に類似している。彼は独立の地位を保ち自分自身にその根拠を持つ。現実の国では、いかに美しい幸福、快適な生活に恵まれても我々は常に重力の影響下に動いているにすぎず、たえずこの影響下に打ち克たなければならない。だが思想の国では、我々は物体ならざる精神であり、重力という必然の重みから免れる。我々の存在、この曖昧な苦悩に満ちた束の間の夢にも似た存在、思索の対象は多種多様を極め、それが著者に与える利点、美点も同じように多様を極めている。あらゆる経験的素材、あらゆる歴史的事実、あるいは自然的事実は非常に広い意味では、本来多様きわまりない思索の対象である。自分の自然な姿を自由に示すことができる。賢くあることが正しい文章作成の源泉である。真の思想家は誰でも、思想をできるだけ単純明瞭に、確実簡潔に表現しようと努めている。単純さは常に真理の特徴であるばかりか、天才の特徴でもあった。文体は美しさを思想から得る。優れた文体たるための第一規則は、主張すべきものを所有することである。この規則だけで文章の道を踏破することができる。我が想い、白日にくまなくその姿をさらし、我が詩句、常に何事かを語り、辞句の美醜を問わず。一般に天才の作品には、どの部分にも精神がくまなく行き渡っていて、それが常に作品の特徴をなしている。半ばは全体にまさる。真理はそのままで最も美しく、簡潔に表現されていればいるほど、その与える感銘はいよいよ深い。比喩あるいは直喩は、未知の状態を既知の状態に還元するかぎり、大きな価値を持っている。多種多様な物事の中から、類似している点を取り上げ、類似せざる点を捨てることによって、概念が次第に形成されて来るかぎり、比喩がその基礎になっている。更にまたいかなる理解でも、理解とは結局ある状態を把握することである。二つの異なったケースに現れている同一の状態を把握するかぎり、その状態一般について一つの概念を持ち、したがってより深い知、より完全な知を所有する。比喩はこのように知識を得るための強力な武器である。巧妙な比喩を案出するのは、特に最も偉大な業である。比喩の業は天才たることの証なのである。何故なら絶妙な比喩を案出することは、事物に共通の類似した特性を把握することだからである。哲学において、全く相反した事物の中に共通の類似点を把握するのは、鋭い洞察力の業である。すべては人間の思想を完全に見事に表現するための実質的手段、適切充分な道具を備えたいという高貴な意図から生まれた。才能を素質として可能性として所有している場合には、我々は読書によってそれを呼び覚まし、明白に意識することができるし、そのあらゆり取り扱い方を見ることができる。読書によって自発的活動を促される。読書は我々が駆使しうる天賦の才能の駆使を促す。その当人が食べたものによって肉体的に生き、読んだものによって精神的に生き、今の自分となったことは事実である。肉体は肉体に合うものを同化する。自分の興味をひくもの、言い換えれば自分の思想体系、あるいは目的に合うものだけを、精神の内に留める。反復は研究の母なり。重要な書物はいかなるものでも、続けて二度読むべきである。それというのも、二度目になると、その事柄の繋がりがより良く理解されるし、既に結論を知っているので、重要な発端の部分も正しく理解されるからである。更にまた、二度目には当然最初とは違った気分で読み、違った印象を受けるからである。つまり一つの対象を違った照明の中で見るような体験をするからである。作品は著者の精神のエキスである。したがって作品は、著者がいかに偉大な人物であっても、その身辺事情に比べて、常に比較にならぬほど豊かな内容を備えており、本来その不足をも補うものであるはずである。作品は身辺事情を遥かに凌ぎ圧倒する。それが彼のエキスであり、彼の全思索、全研究の結果実ったものであるからである。直ちに精神は爽やかになり気分も軽やかになる。心は洗い清められて高揚する。旅人が冷たい石清水で元気を回復する。文学史の主要部門は哲学史である。哲学史は本来文学史の基音で、他の部門の中へ鳴り響いて行く。哲学史は世界を支配する。真の意味の哲学は、最も強力な現世的権力でもある。全歴史を通じて、全世界において、真と善とが優勢な敵、その時々の偽と悪とに対して、いかに果てしなき戦いを挑んだかを示す。あるいは文学、芸術の巨匠たちの殆どすべてが、主義主張に殉ずる光景を描く。重き鎧も、今は翼ある衣、苦しみは束の間、喜びは永遠。
