自叙伝的なパトスのなかに、既に教育的なものへの転回が起っている。
この客観化の過程は『ヴィルヘルム・マイスター』においては、運命とその人間的な完成をその手に引き受け、彼の生活を目に見えない糸によって導くあの「塔」の結社を導きいれることによって進められる。『修業時代』においては、個人的冒険的な自己完成の理念が、次第にはっきりと教育の理念に変ってゆき、『遍歴時代』においては、完全に、社会的なもの、政治的なものにさえ流れ込んでいく。絶えず精進しながら努力した、この変容せる人を、昇天した少年たちは次のように歌いながら迎えいれる。私たちは人の世の群から早く離れてきましたが、この方は修行を積んでいますから、私たちにも教えてくれるでしょう。自分の自我を文化的課題として理解し、この課題の追求に心魂を傾けたという意味で、自分の自我を愛し自我中心的であった人、自分がそこに達していることを知る瞬間は人生の最高時にあって初めてあらわれ創造的な人間の生涯における最高の瞬間なのです。あらゆる哲学は、古い世代が学問だと考えているものを、若い世代に教えようとする思想から学校を解放するために戦い、若い世代自身が必要とするものを彼らに教えるという思想を実現しようとする。やる事は全部趣味と実益を兼ねている。一つのことを真に知り実行することは、色々なことを生半可に行うよりも高い教養を与える。伝統的なものに対してすら敬意をはらう、天才の卓越した特性、伝統とは優れた人々が一致して必要不可欠なものを最良のものと認めるということ、を理解する。人間は、神が自分に対して何を望むかを探し、その神の望みを見出したら、それを実現する使命がある。その意味で、人間は神の御意志を探し見出し実現して行く旅人、つまり神の御意志を探す巡礼者なのである。一本の糸が通っていくように、罪から罪へ、過去の罪が考え出され、もう一度告解する。ちょうどそのとき、彼があたかも夢から醒めるように目覚めることを、主は望まれた。疑悩からの完全な解放である。目覚めて発見した世界は、過去の罪は神の慈しみによって、既に赦されている現実、光に満ちた現実である。疑悩との激烈な苦悶の末に、慈しみ深い神の直接な介入によって、疑悩から完全に解放され、神と親しく交わる新しい霊的段階に突入した。そこで彼は、それまでの生活を反省した。神はより大きな恩寵を与え、神の神秘の中により深く導き入れた。神の奉仕への堅い意志は、神秘体験ごとに深められ強められ、彼の生涯を貫く根本的ダイナミズムとなった。聖三位一体の神秘を知性が高められて観た。聖三位一体の神は最高の超越した神秘であるから、彼は最高の神秘の知的直観を与えられたことになる。霊的聴覚触覚を研ぎ澄ましてこの神秘に迫っていこう。三つの鍵盤から美しい三つの音が出てきて、一つの妙なるハーモニーを作り出す。それは三にして一、一にして三である。三つがダイナミックに統一された出来事である。それと同じように、聖三位一体の神は父・子・聖霊の三つの位格ペルソナが調和して一つの神性をなす、ダイナミックな出来事である。御父と御子と愛なる聖霊によって結ばれ、協力し、働き、ダイナミックに一つになる現実である。この現実は、神的愛によって統一され、どんな美しい音楽よりも妙なる超音楽である。三者の間に交わされる愛の囁きの絶妙な響きである。一生涯にわたって、聖三位一体の祈りが自ずと心から湧き上がってくるほどに、心身深く刻印を残した。あるとき、神が世界を創造された有り様が、強烈な霊的歓びに包まれ、彼の知性に己を顕した。一つの輝くものが見え、そこから数条の光線が発出し、神は輝くものから光を創られたように思われた。この創造の神秘体験によって、人間と世界の根源と礎を悟った。強烈な創造のエネルギーが全身を包んだ神秘的出来事の象徴である。神と全被造物が深く繋がり、神は全被造物の中に現存し働く。彼の中に現存し働き協力と奉仕へと促す内在的原動力となった。最低と最高が結ばれ一つになり、二重の仲介の活きをしている。救済の業は全人類・全宇宙に及びつつある。至高なる神が最低の全被造物たる人間に降り、それを神的なものに変え、最低なる万物が神の栄光に輝くものに高められつつある。人間性の神秘体験とは、二重の仲介の活きに貫かれ、全人類・宇宙の神的変様のダイナミックな運動に巻き込まれ、全力を尽くしてその活きに仕え協力する者となったことを意味する。知性の眼が開かれ始めた。多くの事柄を理解し悟った。霊的事柄はもちろん、信仰と学問に関する事柄も含んでいた。すべてのことが彼に全く新しいものになって顕れるほど、偉大な照明体験であった。知性の内に偉大な光を受けた。あたかも別の人間になり、以前にもっていたのとは別の知性をもつ者になったと悟るほど強烈な照らされた知性を保持するようになった。あまりにも高く広大無辺な生涯最高の神秘体験であった。すべての実在の全貌を一望のうちに観る。
