俺の枠の底力で持ち株を上げること！！始まりと終わりの間に挟まれた連続は始まりと終わりと同様に超自然的なものだ。充分に魅惑的であり同時に戦慄的だ。丹田という16才丹田という種から根から源から枠まで中心核枠まで俺までそのもの俺まで花開かせる花開く。神々は渇く。人間は徳の名において正義を行使するには余りにも不完全だから人生の掟は寛容と慈悲でなければならない。研き磨きに研き磨き込み抜き上げる研磨する。現世もまた、そこに内包する超自然的なものを超自然的な波長によって照らせば、現世浄土があらわれる。死を取り込んだ生、彼岸を連続のうちに見通した此岸、新しい認識の地平が目の前に開かれているのを覚える。若き王者に大きな勲章、枠の意識も全身丸ごと中心核に移動する。この現世の景物でありながら現世のものとも思われぬ感動を呼び起こすもの、それに対うとあやしい浮遊感に連れて行かれ陶酔に誘われるもの、美感としか名付けようがないために仮にそう言っておくが、人のこころを至美至純至極の境に向かって押し上げ昇り詰めさせるもの、そして其処では時間が空虚ではなく充ちており充ちることによって時間を忘れさせるもの、そういう蠱惑の源、すべてがなくてすべてがある。16才だけは超優秀超頭良いです。人生の優秀さ頭の良さの９９％は１６才だけに集中集合されているから・・過去からも未来からも集め集まった感じ、今の中心核枠に集中集合集結！！枠も16才に中心核にそのものに振り回され恐ろしく不安定、あの瞬間における高揚と光輝にもかかわらず、何か不充足の光に欠けた場所として認識されている。彼独自のダンディズムなのだ。あやしいまでの美しさは、彼の心を魅了して何処かこの世のものならぬ境へと連れて行く。一度その美に憑かれた心は、地上の陰である六尺の身にとどまらずに遊離し漂い出る。時々気分は浮き立つ。沈静だが一種の催眠状態に導かれて心が何処迄も澄んで気が遠くなってくる。心が身を抜け出して自らの憬れに向う、不安の混じった恍惚の状態、この世のものでありながらこの世のものではないような、この世の外のものに見えながらこの世のものに違いない彼に憧れる。彼の憬れは現世の至美、至純なるものへの憬れである。ただ今の一念をもってせよ。一瞬一瞬を一瞬一瞬の時間の自覚を通して生き、可能なかぎり細分化された、理想としては無限に微分化された、その時間の一齣一齣を拾って生きよ。心身永閑の観法思想である。占める領域が広がれば広がるほど密度は薄くなってしまうから、一定を保ち更に濃くするなる為には、増やし増え増殖していくこと・・この今の枠には何も余して残してくれず何もかも全部中心核に抜かれ奪われ持ってかれ移動してしまう。広げ広がり移動し続けて来た軌跡道程だから、一つに合一するのももうすぐだ。己の本性本質正体真実在である16歳丹田から広がる中心核枠から広がるそのもの俺まで一つに合一！！頂点を目指しているが近付いたと思うと更にその先に頂点がある。頂点を目指して道を究めていくその姿、見事です。心と体と技を鍛え上げ、それまで誰も到達したことのない境地に達すること、男の成功と平安は倦怠によって翳らされた。夕方と朝の淡い闇の中で石像の前にひれ伏していた。男の人生の目的は叶えられた。彼は一種の恍惚状態に陥っていた。中心核により近付け付いているから抜かれ奪われ持ってかれ移動し方もより激しくなっているのだ。枠にしがみ付いている意識以外の気もエネルギーも力も能力も知力気力精神力筋力体力性欲も何もかも全部中心核にあるからこの様だ、意識ごと中心核に移動するのだ。他人とどうというよりは、自分自身が明日どうなっているかも全然分からない全く想像が付かないんだから、どうしようもない。それでも恐らくは＋を向けてくれた女性にどうこうと言っておくべきだったかな・・失敗したぜ。新しい秩序、必然的な歴史的段階が訪れた。今日中に16歳に中心核にそのものに成れねば生きる資格はない、これ以上ゴミ人間を続ける気なら生きる資格はない、今日成り終ることは決め決って決められているのだ。底力は16才丹田から湧き上がって来るのだ、丹田が余りに外なら力も抜けるだけか。はー,心も体もメチャクチャ重い、精神的に肉体的にも全部の力がエネルギーが中心核にあるのだ。16才に戻りたいとはいっても、抜かれ奪われ持ってかれ移動し続けている先は16歳だから、戻っているともいえる。俺の枠の丹田の行く先は・・丹田の行く先は16歳、枠の行く先は中心核、俺の行く先はそのもの
