過去の力さえ軌跡道程の16歳の能力さえ今枠にあれば、まだ盛り返し打開し完全復活も可能だ。生命は周知のように一種の燃焼過程であるが、それに際して発する光が、すなわち知性なのである。彼は書物を補助として利用する。自然こそ、すべての真理をそもそも真理たらしめる。哲学者は自然に就いて修学すべきである。そしてそれの壮大な判明な相貌、それの主要根幹たる性格から、彼の問題は生じてくる。こうして彼は、本質的普遍的な諸現象、いかなるときもいたるところに存在するものを、彼の考察の対象とするであろう。そして特殊的な各別的な稀な微視的な、あるいは一時的な現象を、物理学者や動物学者や歴史学者などに任せるであろう。彼の心を捉えるのは、もっと重要な事柄である。すなわち世界の大きな全体、その本質的な性質、諸々の根本的真理、これらが彼の高い目標である。高い山頂に立って国原を見晴らし、同時に下の谷間に生えている草木を点検判定する。彼の志向は現実の総体、世界全般へ向かってゆく。理解するということは、因果の連関を直接的に直覚的に把握することであり、それを固定するためには、ただちにそれを抽象的な概念に組み換える必要がある。事象の理解は、直観の道を通って、因果性の正しい認識と経緯の幾何学的構成による。神来の照明を受けて刹那に妙想を得る霊感の時々さえも、天才における冴えた間合。天才は狂気の一階上に住んでいる。脳髄の満ち引きとか、その繊維の緊張弛緩とかいうことの徴のようにみえる。精神のエネルギーが、有機体の生理的状態の結果として、高揚したり弛緩したりするにつれて、精神は極めて様々な高度で飛行し、時には高く蒼穹に浮かんで世界を見渡したり、時には地上の沼沢の上をかすめて飛んだり、大抵の場合はこの両極の中間で、しかしそのどちらかに近づいて飛んでいる。このような精神の迸りによって、何か新しい深い洞察が突然我々の心に浮かんでくると、我々の思想は、勿論高度の活發さに達するわけであるが、そういう場合の機縁は、いつでも何か直観的なものであり、そして何らかの直覚的な洞察は、いかなる偉大な思想をも支えているであろう。言葉は他人の中に思想を、我々の中には心像を呼び覚ます。自分で行った貴重な省察は、出来るだけ早く書き留めておくべきである。思い出すまでに長時間を要したものほど、後になってそれだけ強く記憶に残る。こうして苦労して自分の記憶の奥底から引き出してきたものは、書物の助けを借りて甦らされたものよりも、次の機会にはずっと楽に利用できるようになるものである。大抵の傷はそれを受けた瞬間よりも、暫く経って初めて痛み出すように、出来事や、人から聞いたり読んだりした思想で、その時すぐに意識されるよりも一層深い感銘を与えるものが多い。こういう感銘は、後になって繰り返し心に浮かんで来るもので、その結果それが我々の思想の体系に同化されて、いつでも好機に現れ出てくるようになる。我々も客観的なものを貪るように受け入れ知識と洞察を求める活発な精神の持ち主であることが必要である。人間は多くの物事に活発な客観的関心を抱いていれば、それだけ多くの物事が自ずから記憶に留まることになる。それが青年時代に最も旺盛になるのも、この年頃に接する物事の新鮮さが、それに対する関心の度を高めているからなのである。我々の思想の質（その形式的価値）は内面から来て、その方向、従ってその素材は外部から来る。私の精神の花咲く年頃、私がまだ精神力の高揚の頂点に立っていた時分に、たまたま好条件に恵まれて、私の脳髄が最高度に緊張する潮時が訪れてきて、およそ私の眼に触れるすべてのものが私に向かってそれぞれの啓示を語り明かし、そこに書き留めるに値する一連の思想が萠し、そして事実それらは書き留められたのである。鮮明で透徹した貴重な思想が出現する。実際、我々の思想のうちで最良のもの、最も含蓄の豊かな最深のものは、突然インスピレーションのように、それもしばしば始めから重厚な格言のような形で、我々の意識にのぼってくるものなのである。それらが、長い無意識の省察と、遙か以前に遡る無数の着想の結果であることは明らかである。意識的な思考は脳髄の表層で起こり、無意識的な思考はその髄質の内部で行われる？認識と洞察がたえず進歩し、あらゆる物事について次第に判明な理解が増す。日々新たに学ぶ、相変わらず依然として打ち続いていく。同一のものでもいつも変わった新しい姿を示し、人生全体に何時までも目新しい魅力を振り撒く。物事を日毎に別な光のもとで見る。美しい風景に変化する照明があたると、その尽きることのない多様な光の効果のために、既に百回も見た風景が、改めて我々を魅了する。気分が変われば馴染のものでも目新しく見え、それが新しい所見や思想を呼び覚ます。現実の話、人脈広く深い人や情報早くに手に入れられる立場に居る人ならインサイダーやそれに近いことはある程度やり放題？去年のような上げ相場でなら儲ける人は多いけど、結局素人個人はそういう人や機関投資家の食い物にされるだけ？
