16歳も軌跡道程も今枠に同時に居る有る存在する。
睡眠取れば頭脳精神肉体的にも回復し生まれ変われる、睡眠不足だと精神的にも疲弊労し荒廃してしまう。有限と無限はプラトンによって『フィレポス』の中で必然的に相互に対立する二つの基本原理であると言明されている。ブルーノの学説では無限は人間知性の無制限の力と豊富な現実を意味している。ブルーノは、この意味においてコペルニクスの説を了解し解釈している。ブルーノによると、この説は人間の自己解放への最初にして決定的な一歩であった。人間は、もはや有限の物理的宇宙という狭い障壁の中に閉じ込められ世界に生きている囚人というよりは、虚空を横切り虚偽の形而上学と宇宙論によって築き上げられていた天球の想像的境界を悉く突破できる、無限の宇宙は人間理性も無限とする、人間理性に対する大きな刺激、人間の知性は無限の宇宙によって自己の力を測定することにより自己自身の無限を知るに至る。ブルーノの著書中に科学的言語より詩的言語によって表現されている。コペルニクス的体系の発見によって惹起された知的危機を克服するためには、十七世紀のすべての形而上学者および科学者の努力の結集を必要とした。偉大な思想家、ガリレオ、デカルト、ライプニッツ、スピノザ、は皆この問題の解決に関与している。ガリレオは数学の領域においては、あらゆる可能な知識の最頂点、神の知性による知識に到達すると断言した。勿論、神の知性は我々に比べると無限に多数の数学的真理を認識し抱懐している。客観的確実性についていえば人間精神によって認識されている真実は神と同様完全に人間に認識されている。デカルトはあらゆるものを疑って出発したが、これは人間を自己の意識の限界内に閉じ込めるもののごとく、この魔術の環からの出口、現実へ近づく方法、ここでも無限の観念が普遍的な疑いを破壊する唯一の手段に転じている。無限の概念のみによって我々は神の実在を証明し、間接の方法で物質的世界の実在を証明し得る。ライプニッツはこの形而上学的証明を新たな科学的証明と結びつけた。彼は数学的思想の新しい道具、微積分学を発見した。この微積分学の法則によって物理的世界は可知的〔知力によって把捉せられるもの〕となる。自然の法則は理性の一般法則の特殊の場合である。世界および人間精神に関する数学的学説に最後決定的な一歩を踏み出そうと試みたスピノザ、スピノザは新しい倫理学、情念と感情の学説、道徳的世界の数学的学説を建設した。この説によってのみ我々の目的すなわち人間の哲学の目標に到達しうるものと彼は確信した。これは様々の形態で十七世紀のあらゆる大きな数学的体系に滲透している題目であり一般的主題である。それは人間の問題の合理主義的解決である。数学的理性は、人間と宇宙の間を結ぶ紐帯である。それは我々が一方から他方に自由に通行することを可能にする。数学的理性は、宇宙的および道徳的秩序の真の了解の鍵なのである。ディドロは、数学は高度の完成の域に到達したと言明した。我々は科学における大革命の時期に出遭っている。ディドロは啓蒙哲学の主要な代表者の一人、『百科全書』の編集者、彼は当時のあらゆる大いなる知的運動の中心に立っていた。彼は新たな形式の科学、一般原理の仮定よりも事実の観察に基づく、より具体的な性質の科学が生れるのを期待した。我々は自然科学史における新たなる頂点に到達する。十八世紀の数学者の輝かしい群に、今やガウス、リーマン、ヴァイエルシュトラス、ポアンカレの名を付け加える。十九世紀の科学においては、至る所、新しい数学的思想と数学的概念の勝利の行進に遭遇する。十九世紀における知的構造の革新は科学の階層において数学的思想がどのような地位を占めるかにあった。新しい力が出現し始めた。生物学的思想が数学的思想よりも優勢となった。十九世紀の前半には、なおヘルバルトのような若干の形而上学者またはフェヒナーの如き若干の心理学者があって、数学的心理学を基礎づけようという希望を抱いていた。ダーウィンの『種の起源』の発表以後、人間学的哲学の真の性質は決定したように見えた。人間の哲学は確固たる地盤に立った。経験的証拠を集める、一般進化論によって極めて豊富に与えられ自由に任されている。十九世紀の科学者および哲学者の等しく抱いていた確信、観念の一般的歴史にとって哲学的発展にとって更に重要となったのは進化の経験的事実より事実の理論的解釈であった。厳密にいって、この解釈は経験的証拠それ自身より一定の形而上学的性格をもった若干の基本的原理によって決定された。進化思想の形而上学的傾向は潜在的動力だった。一般的な哲学的意味における進化論の古典的表現はアリストテレスの心理学および有機的生命に関する一般的見解中に行われていた。進化論のアリストテレス的見解と近代的見解の間の特徴的または根本的差異は、近代人は質料的マテリアル解釈を試みたのに対し、アリストテレスは形相的フォーマル解釈を行ったという事実にある。アリストテレスは、自然の一般的プラン、生命の起源を了解するには、下等の形式が高級な形式の立場で解釈されるべきと確信した。彼の形而上学において「潜在的に生命をもっている自然物の最初の顕在化」としての霊魂の定義のうちにおいて有機的生命は人間の生命によって考えられ解釈されている。人間の生命の目的論的性格が自然現象の全領域に投影されている。ダーウィンの業績の主な目的の一つは近代の思想を目的因の錯覚から解放することであった。我々は有機的自然の構造を質料因によって了解しようと試みる。質料因はアリストテレスの用語においては偶然的原因である。有機的生命を偶然の産物として説明することは、前の時代に無数に企てられ無効に終った試みであるが、近代の思想家たちは完全に成功したと確信した。あらゆる有機体の生命に起る偶然的変化によって、原生動物における最も簡単な生命の形態から最高で最も複雑な形態に至る徐々の変遷を十分に説明することができる。哲学的概念については通常甚だしく控え目であったダーウィン自身の中に、この見解が最も著しく表現されている。最も異なった目および科は、すべて一つの共通の祖先から由来したものである。我々はこれらの類の間における甚だしく巨大な差異が最初は簡単な変異から起ったことを認める。無数に近い生物が無限に近い時間の間に、その全組織をある程度に形成し来ったこと、何らかの意味で有害であった僅かの構造上の変化も厳格に破壊されたのに極めて複雑な生活条件のもとで幾分でも有益であった変化は僅かでも皆保存されていること、有益な変異が長期間継続して蓄積するとき必然的に構造が甚だしく多様となり様々の目的に美しく順応し素晴らしく整合したものになるであろう。それ故、人間が家畜の馴化に適用する場合にせよ、自然が種の生成に適用する場合にせよ、淘汰というものを極めて重要な力として語った。建築家にとっての石の断片と彼が建てた建築物、有機体の変異が変化を被った子孫の構造、終局に獲得された様々の素晴らしい構造、同じ関係をもっている。進化論は有機的生命の異なった諸形態間の任意的な境界を破壊した。一つの連続的かつ不断の生命の流れがある。同じ原理を人間の生命および文化に適用できるか。
