16歳丹田から生まれ始まり広がる軌跡道程正中線通る今中心核全枠、過去の嘗ての何もかも全部今枠に完全復活して居る有る存在する。
だから16歳宇宙最高脳も今脳である。今枠こそは軌跡道程の頂点に立ち上がり軌跡道程全体である。唯一無二の絶対圧倒超人的存在たる今中心核全枠に超凝集圧縮だ。枠も今中心核全枠として動く居る有る存在する。今枠こそが全部の時期あらゆる頃あらゆる時の枠、全部の枠、全枠だ。異常な執着、偏執狂的な拘りだ。全脳細胞ごと賦活性化しさせされ枠ごと唯一番である。枠に活力注入し賦活性化しさせされる。16歳宇宙最高も泣き叫んでた頃以降も今枠である。そのもの全体全面まで俺、今枠はその中で内で内部で唯一無二の絶対圧倒超人的存在たる中心核全枠だ。枠だって内面に宇宙、果てし限り無い大物になれる。俺の枠の中で内で内部で16歳丹田から時が経ち時間が流れ軌跡道程という正中線が通っている。字を書き込み入れ印刷し続けて来たし、インターネットごと全世界中ごと知り尽くせる。今だ１６歳の少年のように若い男の子だ。あの16歳で無限の能力と輝くばかりの若さと美貌長身雄偉な体格に心踊って躍っていた頃も今枠だ。荒瀧にも泉川にも多分嫌な顔され大浦にも和田にも相手居てやり捲ってて羨ましくてショック、それでもこのシーンが一番ショックだった。死の淵から絶後に蘇った者、脳の完全復活、過去の嘗ての16歳の脳も今脳である。芸術の背景として永遠というものを空間と考えうるならば、平面的と立体的とに分ち、形なきものと形あるものとに区別し、立体的なるものについて高きものと深きものを区別する。ミケランジェロの彫刻の背景は深きもの、彼の芸術の奥には奈落の底より溢れ出るような力が潜んでいる。ダンテの『神曲』その背景において仰ぐべき高きものがある、その背景には超越的なるキリスト教的神がある。ゲーテとスピノザ哲学の関係、幼にして既に自然の帝座の前に跪いたといっているゲーテ、一度スピノザの『エティカ』を読んで、その人と教とに多大の感激を得てより以来、終生スピノザと一つ。万物一体と考えるところ、自然を神と考えるところ、しかしてかかる世界観の上に立てられた一種の静観的人生観、スピノザのパンテイスムス［汎神論］と基調を同じゅうするといい得る。スピノザの汎神論は個人を否定する平面的永遠、スピノザの実体というのは全然個物を否定したもの、スピノザの哲学においては個物はただその様相、スピノザの自然は数学的必然の自然、ゲーテの自然は何処までも個物もの、個性を成立せしめる自然、形なくして形あるものを形成する無限の空間の如きもの、ゲーテの自然は我々の心に共鳴する。我々の幽玄なる心の底の底までも共鳴する。形なき生命の声、それが叙情詩である。詩は固直観の所産、詩人の本質は直観にある。
