「自分だけが特別だ」という意識が常に必要だ。
自らの徳と日頃の行いが人々を感化していくという行き方、自ずからにして人々は心服する。権略、手段・方法、手練手管に偏る名君は警戒される。蕩然としてスケールが大きくて屈託ない、身体の内部に何ともいえない暖かい徳が充ちてその人徳が外に現れるときに心服する。自分に備わっている徳義が自ずから人を蒸化する、人をいい気持ちにする、そういうふうに自然に出来上がっていく。自分の徳義が自然に相手を化していく。蕩然たる徳意内にみちて外に顕わるる時、施も大いに必要だ。寛大ということは大事だ。人の上に立つ者は、よく人を識り、その人物に任せる。そして表面と内実をよく吟味し、事の本末をすべて明らかにして督励する、世の中を治める政術である。国家の政治を執り行うについては、公儀ということを立てたいと存ずる。国家の禍は、とかく君主の自分勝手な私欲から起こり、あるいは大臣たちの私心から起こり、また多くの下僚たちが私党・派閥を組むことから起こるものであります。その根本原因は、公の国家を忘れて私に惹かれるからであります。この禍を救うための方策として、公儀を立てることを提唱致します。公儀とは私に対する公、部分に対する全体の立場です。君主は国家社会（社稷）のための存在であるから、日頃の言行はすべて公の立場から発する言行である。君主と臣下とはぴったり和合すべきものであり、政府にはただ公儀があるばかりであって初めて国家の政治は安静が保たれると申すべきかと存じます。君主は臣下と共に国家に仕え、臣下は君主に国家に仕えることを以て忠義と心得るならば、国家治まる。「公儀」私に対する公、部分に対する全体、「自分だけが特別だ」という意識が常に必要だ。自らの徳と日頃の行いが人々を感化していくという行き方、自ずからにして人々は心服する。権略、手段・方法、手練手管に偏る名君は警戒される。蕩然としてスケールが大きくて屈託ない、身体の内部に何ともいえない暖かい徳が充ちてその人徳が外に現れるときに心服する。自分に備わっている徳義が自ずから人を蒸化する、人をいい気持ちにする、そういうふうに自然に出来上がっていく。自分の徳義が自然に相手を化していく。蕩然たる徳意内にみちて外に顕わるる時、施も大いに必要だ。寛大ということは大事だ。人の上に立つ者は、よく人を識り、その人物に任せる。そして表面と内実をよく吟味し、事の本末をすべて明らかにして督励する、世の中を治める政術である。国家の政治を執り行うについては、公儀ということを立てたいと存ずる。国家の禍は、とかく君主の自分勝手な私欲から起こり、あるいは大臣たちの私心から起こり、また多くの下僚たちが私党・派閥を組むことから起こるものであります。その根本原因は、公の国家を忘れて私に惹かれるからであります。この禍を救うための方策として、公儀を立てることを提唱致します。公儀とは私に対する公、部分に対する全体の立場です。君主は国家社会（社稷）のための存在であるから、日頃の言行はすべて公の立場から発する言行である。君主と臣下とはぴったり和合すべきものであり、政府にはただ公儀があるばかりであって初めて国家の政治は安静が保たれると申すべきかと存じます。君主は臣下と共に国家に仕え、臣下は君主に国家に仕えることを以て忠義と心得るならば、国家治まる。「公儀」私に対する公、部分に対する全体、器量の宏大な人物（大才の者）が政府に並び立って我が国がいかにあるべきかを闡明すれば、千年にわたる大平の時といえども貫き通すことができると存じます。大才の者とは眼光大にして大処高処に立てる者、そういう大才の者が列立して初めて、公がいかにあるべきか、内閣とはどうあるべきか、事業とはどうあるべきか、政治とはどうあるべきか、国家とは如何にあるべきか、千年と雖も一大平の化を透徹申すべくと存候、千年にわたる一つの大平の時代を透徹することができる。皆自分のことばかり考えておりながら、その職、その地位にある人は、それが公儀と心得ておる。自分は大臣をしておる、自分は大将である、大臣・大将であるから国家のことを考えておるとそのつもりになっているが、実は突っ込んでみると自分のことを考えておる。自分が成功するか失敗しないかということを意識的・無意識的に考えているくせに、本人たちは公儀と心得ておる。実はそれこそが私事なんだと辛辣に皮肉っておる。大所高所から世の中を観察いたしますと、公平で温厚な人物は高い地位にあって人民が服従し天下が安泰に治まっていることがあるように思われます。公平の徳が大きいから、その人徳ゆえ、公平の二字は宰相としての資質、公平と温厚の二条、徳は才に優る。才智がすべて備わっていて、その上に寛厚の徳があれば、それは申し分ないこと。才智と寛厚の徳をすべて具備した人物が輩出すれば天下無敵でありましょう。私意を去る、去私の術、勉学にあり。私心・私欲を取り去る方法、突き詰めたところ勉学だけである。経営やビジネスの実務や現場を色々知ると「どんな会社か」というのが多少見える。英語がもっと出来れば世界中の情報も集められるのに、数字を見る能力が欲しい。哲学者？仙人？世捨て人？気高い自覚を持って愉しく生きて欲しいです。常に何時如何なる時どんな時も個よりは全体として枠よりは16歳から中心核からそのもの全体全面まで俺という一つ一人独りの自己自分自身として生きる動く居る有る存在する。今中心核全枠＝枠という個人体(企業、都市、国家、地球、宇宙)こそ存在、そのもの全体の一部分である。
