すべてに勝る優越感・・
近代国家の原理は、主観性の原理を人格の特殊性という自立の極限に向かって完成させると同時に、それを実体的統一の内に引き戻し、主観性の原理の内に実体的統一を維持するという恐るべき力と深さを有する。市民社会は、それぞれの個人が自分の欲望を剥き出しに相争う欲望の体系、そこでは個人の恣意が最大限に許される。特殊性は、その必要、気ままな恣意、主観的な好みをあらゆる方面で満足させつつ、それを享楽することによって自己自身と自己の実体的概念を破壊する。欲求は無限に喚起されるのに、その充足は外的な偶然や恣意に普遍的なものの力に徹底的に依存しているから、絶対必要を充足できるかどうかも偶然に左右される。市民社会はこうした対立と混乱のうちに放縦と貧困の情景を呈し、物質的倫理的な荒廃の情景を呈する。封建的な身分制度から解放され自由な個人として生産と消費に携わる個人、資本主義的商品経済に否応なく引きずり込まれ多くの偶然や対立や混乱に翻弄されて放縦と貧困と荒廃の境を彷徨う、近代社会の一つの極限である。市民社会での市民の自由とは本質的に特殊性と偶然性に付き纏われ、それは道徳的に断罪されるよりも近代社会の特性として積極的に評価される。個人はこの外的国家〔市民社会〕の市民としては、自分自身の利害を自分の目的とする私人である。私人がそのまま国家の場に登場すれば、国家はホッブズ流の万人が万人と戦う戦場になってしまう。グローバルに世界経済を全地球的規模でマクロ的鳥の眼で観るんだ。企業在人。成業在天。菅義偉総務相が設置した通信放送分野に関する直轄チームに竹中平蔵ファミリーずらりだって。菅は竹中の子分だったけど、そういう事なら光ファイバー分割してくれる可能性高いかな。NTTトップも東大法学部卒ばっかで官僚とNTTは近い。官僚は既得権益の塊だからＮＴＴと仲が良い。菅義偉総務相が改革してくれるか。政府の介入か市場に委ねるか、具体的な状況において問題に即して考える。高度成長期の終わり頃から日本でも次第に脱規制、自由化、民営化が進められてきたが、それはいわば日本経済がいわば成熟期に入ったことと、70年以降、固定相場制から変動相場制への移行のような世界的自由化、市場経済化の流れに対応するものであった。バブル崩壊と不況の長期化については特殊要因と一般的要因とを区別する必要がある。特殊要因として最大のものは不良債権、それが生じ処理が長引いた原因が日本の金融システムの欠陥にあった。その意味では金融システムについての大幅な改革が必要であった。バブル崩壊に伴う不況という状況は異常事態、経済が急性の病気に罹ったようなもの、それに対応するための緊急対策、対症療法が必要である、金融機関に対する大量の公的資金の注入、金融の超緩和、ゼロ金利などの政策は、このような緊急対策であった。事実上ケインズ的ともいうべき赤字財政が続けられた、不況の長期化の一般的要因、従って緊急対策を離れて中長期にどのような対策を採るべきか、一時的な異常事態を直し、マイナスないしゼロ成長から潜在成長率にまで引き上げることと、その後潜在成長率を引き上げ中長期的にある程度高い成長を実現する。緊急対策は一時的には長期的な改革の方向と矛盾するかも。中長期的な改革を異常事態の中で遂行することは、病気の時に身体に負担の掛かる健康増進法を強いるようなこと、中期的な成長は設備投資によって、より長期的な成長は技術革新によって実現されることはマクロ経済学の常識である。それが市場にすべてを委ねる自由放任政策によって最も効率的に行われる。
