そのもの全体全面俺から中心核枠から16歳丹田＝16歳丹田から中心核枠からそのもの全体全面俺・・人生で最も大きく高く強く逞しく美しく最大最高最強最美最優秀に充実していた頃・・あの頃も今だ。顔は内部からの自己革新の中から生まれてくる。もしこの16歳が今だとすれば、心はそのまま当時の心に心境になれる。濁った心も根こそぎ浄化し洗い流され全体全面まで遍き慈愛の心が行き澄み冴え渡る・・個より全、個体より全体、時空間的な歴史の流れを軌跡道程を、全世界中の気の流れを、更には時空間を超越したすべてを意識しイメージするようになった。失敗した原因を遡って追求し、新しい理論や技術を発見するのが肝要だ。いわば逆算からの出発である。しっかりした志を持って事に当たり、柔軟な思考と創意工夫を凝らして懸命の努力をすれば、必ず事は成就する。改革をなすには冷静な判断と勇気ある決断が求められる。混迷の時代には「基本に戻る」構想力が必要。あらゆる事象は心の反映である。したがって純粋な心でひたすら念じ続ければ、大概のことは成就する。あーあ、富永に脈あったな、林彩にだって死ぬ気で言ってれば・・病的に繊細で感じ易く羽根が触れても傷付く混沌とした心では・・16歳の脳能力さえ今枠であれば。あの頭が爆発的に良くなった16歳のように完全復活だ。頭の中のモヤモヤが吹き飛んでスッキリした気分だ。同一の精神は「始めから」対象相手と同一である、同一であることを知るだけだ。合一の精神は始めは別存在、近付け付き結合、融合、合一する、其処には愛が介在する。根本原理から概要から先端末端まで細かい専門分野まで知れ理解出来る、胴から手足を伸ばすように幹から枝を伸ばし花咲き実が生るように・・また全身に力湧き上がり溢れ漲り全身が震える。順調に成果を上げていた改革活動が、ある日突然、壁にぶち当たる。「改革のリバウンド」混乱してやる気を失う現場の士気を高め改革の枠組みを見直して再度上昇気流に乗せる。難題に挑んだ企業の軌跡を追った。有神論的神秘主義は、少なくとも、内在と同じく超越を、人間的欲望と同じく神の意志を、合一と同じく差異を含んでいる。我はソーマを飲めり、我は不死となれり。実に天地両界は我が一翼にも匹敵せず。我この地界を、此処に或いは彼処に置かんと欲す。異常なほど神秘的意識を刺激し、真理の深淵を更に超越した深淵が開示されたように感じられる。意識の質をより根本的に変える。私は花を見つめ続けるうちに、その生き生きした光の中に息吹と同じようなものを見たよ
うだ。美しいものから更に高められた美しいものへ、深みより更に深遠な意味へと繰り返しただ流出するのだった。恩寵、変容といった心に浮んだ言葉も花が表している。私は至福直観、存在・知・歓喜というものを初めて理解した。不可思議な言葉が意味することそのものを正確かつ完全に理解した。合一、超越、至福、言語を絶した神聖さ、高揚感を獲得する、意識を拡張しエクスタシーと啓示を見出す。必然的到達点は、神を自己を女性を発見してそれと交わることである。自ら創始と完成について神に依存し、実に万物は神に属し神を通して神に向かって存在する。事物の中心における一致を追究する、この一致のみが、すべての理性的営為に必要な論理整合性を保証する。事実のみが人生において求められる。偉大な芸術家と同じく偉大な科学者も、多様性の背後に合一を求め、自己の内的生活の整合性から発して他者への理解と交流へ至る。音楽を正しく聞いていれば、共合一に参与する。天才の肉体を味わい彼の心の中に入り込み・・もし私が贖い主が生きていることを知るとすれば、それは教会の証言よりはヘンデルが確信するものによってである。一つの絶対を志向している。これは絶対的合一の特徴であるが、それは絶対とは必然的に唯一無二であるためである。彼の神秘主義は、恍惚へ導くことも有り得る生き生きした個人的経験としての「自分自身を含む万物と絶対との同一性」述べている。現実にしばしば見られる極端な疎外と合一の極致である究極との間には存在の多くの段階があることを認めているが、絶対的一元論哲学と民衆宗教の愛に溢れた関係との間には明らかに緊張関係が存在する。神秘主義における重要な区別は、一般信徒と専門家の間よりも、神秘的探求の対象と仮説との間にある。一般に言われることは、すべての宗教は同じものであるということ、宗教間の相違は澄んだ目には明らかであるべきであるが、宗教の魅力の一部はその多様性にあるのも事実である。
