森君が一番出来る腕が立つ。
今の時点で剣と合気道の天才達人だが全身に充実しさせされれば拳法の達人にだってなれる。俺の枠の主要大部分中心核なんだ、自分自身意識ごと移動するんだ。自我自信も中心核に移す移る移動する、今中心核全枠の自我自信で絶対圧倒超人的に抜きん出て一番に優れる。この枠の始支点足場は16歳だ、足場に枠ごと移動するんだ。俺も枠も神秘世界であり曼陀羅そのものだ。根本的に変質しさせされるには脳も中枢神経にさえ作用する向精神薬は必要だった？薬ごと中身も体外に吐き出して広げ広がったと言える。向精神薬がブロックした神経伝達物質受容体ごと吐き出した？それとも神経伝達物質ごと吐き出した？意識の上でも「現実にも」広げ広がり合一するんだ。彼も激しく才気煥発やね。そのもの全体全面としての俺に中心核としての枠に行く先も対象相手でさえ包含包括包摂しされている。鍛えに鍛え込み抜き上げ「全枠」、世界史上自分史上最も優れた個人単体枠と成る。生まれ産まれてから16歳から今迄の期間も今中心核全枠だ。全世界的地球的宇宙的視野で全体全面ごと包含包括包摂する。瞳を閉じれば今でさえ内宇宙に耽溺する。今に至っては彼女が欲しい、唯それだけだったんだ。あの時追浜古本屋店員を誘って恋人同士になっていれば愛を語らい夢のような毎日が・・薬飲まされ続けた後、人生最大に近い後悔、これから抱く。この娘と愛を語り合いたい。例え学歴コンプレックス等あったとしても１６歳に若返り全歳になれるなら全部解決出来る。精神的にヤバいマズい、過去のトラウマも無駄に流した人生の後悔も他人への恨みも激烈、傷付き荒廃した心を癒せるのは愛だけだ。キリスト教系の本が良いかな、仏教系は結局自分の力に頼る部分多い。神の御手に身を委ね任せるだけだ。全体への依存と奉仕の精神、神と一つになる心だ。キリスト教だって仏教だって奥の方まで行けば神秘学ですよ。今は穴がボコボコだ、これを全部埋めていくんだ。心の内臓が飛び出している、心が血を流し続けている、病的に繊細で傷付き易く羽根が触れても激しく感じるガラスの心が。ヤフーは大企業病に罹っていた？Googleは世界最高の天才集団？アメリカYahoo!本社のノートパッド入るの少しだけで文字化けしてしまう、直ってくれんか。notebookでは全部完全に入り写真や絵やHPの貼り付け等も出来るGoogleの方が上か、でも印刷しようとしたら紙の範囲を越えてしまった。翻訳ではどっちが上？古代は非常に高く発達した哲学的神秘的真理が研究されていた。その一部から魔術と遊戯、魔術でも高貴な素性と深い思想を持っていた。鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは一つの世界を破壊する。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという。神的なものと悪魔的なものとを結合する象徴的な使命を持つ一つの神性の名と考える。我々の崇める神、勝手に引き離された世界の半分（公認の明るい世界）、人は世界全体を崇める。即ち悪魔をも兼ねる神を持つか神の礼拝と並んで悪魔の礼拝をも始めるか、アプラクサスは神でも悪魔でもある神であった。独特に自己の内に生活を夢遊病者のように営んでいたが今その中に新しい形成が生じ始めた。生への憧れが私の中に蘇った。愛への憧れと性の衝動とが新たな形と目標とを要求した。様々の観念、形や或いは願望が心に湧いて来、現実の環境よりは、これらの形や夢、或いは幻と、より現実的に活発に交わり共に生きた。一定の夢、繰り返しやって来る空想の戯れが深い意味を持つようになった。その夢は一生を通じて最も重要な持続的な夢であった。大きな強そうな女性的な人物が私を引き付けて深い愛の抱擁に私を抱き取った。歓喜と戦慄、その抱擁は神へのお勤めであり同時に罪悪であった。内面的な幻像と自分の求める神についての外部からの暗示の間に漸く徐々に無意識的に連絡が出来上がった。段々密接になった。歓喜と戦慄、男と女とが混じ、最も神聖なものと最も厭わしいものとがもつれ合い、柔らかい無邪気さの中に深い罪が痙攣している、私の愛の幻像はそういう風だった。愛は動物的に暗い衝動と敬虔に精神化された崇拝、その両者であり更にそれ以上であった。天使と悪魔、男と女とを一身に兼ね人と獣、最高の善と極悪であった。これを生きることが自分の持ち前、味わうことが自分の運命であるように思われた。この運命に対し憧れを持ち不安を抱いた。それは常に眼前に存在し私の上にあった。唯一つのもの即ち心の中の声、幻像、それだけはしっかり決まっていた。この導きに盲目的に従うべき使命を感じた。自分の夢の力強い愛の姿を描こうと試みた。満たされぬ要求と緊張した期待との火の中に生きていた、それがしばしば完全に私を荒れ狂わすのだった。自分の運命であり愛人であったところの大きな夢の人物の姿と共に生きた。すべては大きな広いものを見つめ夢や考えがやって来て私を捉え支配し私はそれによって生きているのだった。いつも私は自分自身のことにだけ没頭していた。彼自身、彼自身の願望、必然が彼を導く。一切の宗派を超越している世界感情に身を捧げきった敬虔さ。すべてが同じものを語る。心に抱いていたもの、憧れ、世界の最も深い認識、世界への激しい告別、自己の暗い魂への熱烈な傾聴、献身の陶酔、驚異すべきものに対する深い好奇心などを、すべてが語っていた。私は目を据えて灯を見つめ夢と静寂の中に浸り煙と灰の中に様々の姿形を見た。形象の観察、自然の入り組んだ不思議な形への没頭は、そういう形象を生じせしめた意志と私たちの心との一致の感情を起させた。そういう形象を自分のむら気、自分の作りものと考える誘惑を感じる。自分と自然とのあいだの限界が震え溶けるのを見る。網膜に映る様々の形が外部の印象からか内部の印象から発しているのか？どんなに自分が創造者であるか自分の魂が世界の創造に関与しているかを見る。私たちの内で働いているのと自然の内で働いているのとは同一不可分な神性である。外界の世界が滅ぶようなことがあったら世界を再建する。自然界の一切の形成物は私たちの内部に原型を持っており永遠を本質とするところの魂から発しているからである。それは愛の力や創造者の力として感じられる。誰もが世界に存続するすべてのものから成り立っている。身体が遡った所までの発展の系図を内に蔵しているように、魂の中に嘗て人間の魂の中に生きたことのある一切のものを持っている。嘗て存在したことのある一切の神々と悪魔は、すべて自分の中にある。この枠にでさえ嘗ての全ての枠が居る有る存在する。皮を脱ぎ卵の殻を破る。大きな飛躍によって空中に投げ出された。あらゆる力の根と繋がっている。君は有為な青年に相応しく飛び続けている。君を引き浚って行く大きな普遍の力に微妙な小さな独特な力、一つの器官、一つの舵が働くことを発見する。自分自身への道を一歩進めた。自己超克、一体哲学者という者は最初に且つ最後に何を自分から要求するか、自己の裡なるその時代を超克すること、「無時代」と成ることだ。道徳の神聖この上ない名前や価値の法則に隠されている、貧困化した生、終末への意志、大きな疲弊である。音楽は精神を自由にする。音楽が思想に翼を与える。音楽家に成れば成るほど一層哲学者になる。自然に帰ること、
