ベルリン大学総長ヘーゲル、ドイツ観念論の完成者、ドイツ古典哲学の最大の代表者ともいわれる。ヘーゲルはカント・フィヒテ・シェリングなどが探求した主観・理性・自由の問題を更に発展させドイツ観念論を完成させた。カントの場合は個人の内面的な自律と自由を重んじたが、ヘーゲルは理性や自由の問題を現実の社会の中に位置づけて考えた。ヘーゲルは、その時代までの全哲学、各国の歴史と当時のあらゆる諸問題とを自分の学問体系の中に組み込んだ。ヘーゲルは西欧思想史最大体系家といわれている。どのような思想もヘーゲルにすれば自分の哲学の一部なのである。その哲学の体系の中核となるのは、論理学（すべての物事の存在の仕方）、自然哲学、精神哲学の三つである。法哲学・宗教哲学・美学・歴史哲学も彼の学問体系の内に含まれる。ヘーゲルによれば現実はすべて運動し発展するもの、その運動には法則があるとする。その法則とは矛盾と総合の法則、弁証法（言葉の由来はギリシアのソクラテスの問答法にあるとされ、その原理はヘラクレイトスの万物流転の考え方にあるともいわれている。）、光と闇、善と悪などの様々な対立概念、総合、光と闇は一体となり新たな別の対立概念と対峙する。流動的本性によって諸形態は有機的統一の諸契機、必然的であることが全体としての生命を成り立たせている。ヘーゲルは、法や制度の弁証法的発展は精神が自分自身を現実の内に実現していく過程であると考えた。精神と現実とは一心同体、理性的であるものこそ現実的、現実的であるものこそ理性的、弁証法においてすべてに先立つ総合、絶対精神、全体的体系あるいは法則といったニュアンスで理解する。ヘーゲル哲学は全体として歴史哲学によって貫かれているともいわれ『精神現象学』が意識の発展の歴史だとすれば『歴史哲学講義』は自由が弁証法的展開をもって歴史上でいかに実現するかを説いた。ヘーゲルは歴史とは絶対精神が自由な人間の活動を媒介にして自己の本質である自由を実現してゆく過程であると考えた。世界史上一番最初に自由の精神が生まれたのは古代ギリシアのポリス、キリスト教の出現によって世界共通の普遍的自由に高められたとされる。世界史とは自由の進歩の歴史なのである。私にとって真理であるような真理を発見し、私がそれのために生き、そして死にたいと願うようなイデーを発見することが必要なのだ。ドイツの疾風怒濤運動、啓蒙思想が知性偏重の傾向にあったのに対する反動、個性と意欲と自然を尊重して文芸界に清新の気を入れる、フランスのルソーや英文学の影響を受け青年期のゲーテ・シラーなどが中心となった。時間は心の傷を癒すより抉る。やはり、外人の書いた物は本人との間に訳された距離がある。日本人なら本人と直接繋がれる。言語力さえ有ればダイレクトに繋がれるのに・・全体の効果はこれを生成する諸原因の大きさと方向に完全に依存する結果である。精神科学と自然科学の内容は同一、共に力と大きさと方向から成立しているので、最終の結果は両者とも同じ方法で生成されるといえる。同じ必然性の鉄の輪が我々の物理的生活と文化的生活を共に包んでいる。人間生活の複雑な歯車の噛み合わせのうちで、我々は思考と意志の全機構を動かす衝動を見出し分類し体系化する。人間性の統一と同質性を証明する。ニーチェは力への意志を公言し、フロイトは性的本能を強調し、マルクスは経済的本能を王座におく。形而上学、神学、数学および生物学は、人間の問題に関する思想の指導性を次々に握っており、その研究方向を決定した。問題が極めて重要なことは認識と探究のあらゆる異なった分野において依然として感じられていた。神学者、科学者、政治学者、社会学者、生物学者、心理学者、民俗学者、経済学者は、すべて自己の見地から問題を探求した。これら個々の分野における様相と展望を結合し統一することは困難であった。個人的因子がますます有力となり個々の著者の気質が決定的な役割を演ずる傾向を示した。人間の研究に従事する特殊科学は、ますます多様性を示し漠然とした。心理学、民俗学、人類学および歴史学は、驚くほど豊富で常に増大の一途を辿っている山なす事実を集積した。観察および実験の装置は限りなく改善され我々の分析はますます鋭利となり深刻となった。生気論の果敢な闘士、生命の自律性の原理の支持者ユクスキュル、生命は終局的な自己自身に依存する現実である。実在は限りなく多様、生命の異なった種類の数と同数の異なった形態と種類をもつ。各生物はいわばモナド的存在である。それは自身の経験を持つ故に自身の世界を持っている。ユクスキュルは甚だ天才的にして独創的な生物学的世界の型式を発展させる。彼の主張によると、動物的生命を明らかにする唯一の鍵は比較解剖学の事実のうちに与えられる。動物の身体の構造、種々の感覚器官の数、性質、および配置ならびに神経系統の条件についての注意深い研究は、我々に生物の内部および外部の世界についての完全なイメージを与える。ユクスキュルは最も下等の生物の研究から彼の研究を始め、それを次第に、あらゆる形態の有機的生命に拡張した。生命は至る所で完全であり最も小さい生体の場合も最も大きい生体の場合と同様である。どんな有機体も漠然とした意味で環境に全く順応し適合している。生物学的種が外界の刺戟を受け入れる感受系および反応系は、すべての場合に密接に絡み合い、動物の機能的円環として記述されている同一連鎖をなしている。人間世界においては人間的生命の独特の性質を示す新しい特徴が見出される。人間の機能的円環は量的に拡大され質的変化をも受けてきている。人間は自己を環境に適応させる新たな方法を発見した。新たな機能の獲得は人間の全生命を変形させる。人間は新次元の実在中に生きている。人間は物理的宇宙にも住みシンボルの宇宙に住んでいる。言語、神話、芸術および宗教は、シンボル宇宙の部分をなす。シンボルの網を織る様々な糸、人間経験の縺れた糸、あらゆる人間の思想および経験の進歩は、この網を洗煉し強化する。人間は常に自分自身と語り合っている。彼は想像的な情動のうちに希望と恐怖に幻想と幻滅に空想と夢に生きている。人間を驚かすのは物についての人間の意見と想像である。合理性はまさに、あらゆる人間活動のうちに含まれている性質である。神話も体系的概念的形態を持っている。言語は理性または理性の源泉と同一視されてきた。それは部分を全体となすこと、我々に全体の代りに部分を示す。概念的言語と並んで情動的言語、論理的または科学的言語と並んで詩的想像言語がある。一次的には言語は感情および愛情を表現する。人間の文化生活の豊富にして多様な形態、あらゆるこれらの形態はシンボル的形態、人間を理性的動物と定義する代りにシンボルの動物、象徴的動物と定義したい。人間の特殊の差異を指示でき、人間の前途に拓かれている新たな道、文明への道を了解しうる。全部の時期も全時期も今同時に感じている、全部の過去も全過去も今である、16歳から軌跡道程も今中心核全枠、今日で生き返った生まれ変わった。カッシーラーによれば、シンボル的思考とシンボル的行動が人間生活の最も特徴的な姿の一つであること、人間文化の進歩全体が、これらの条件に基づいている。シンボリズムは深
