何人もの自分が無限数人の自分が集まり合わさったのが今の自分、全部の枠が集まり合わさったのが今枠だ。絶対圧倒超人的自我自信で背高く筋骨肉逞しくよろいよろわれ能力も上げ高められる？それでも個より全、個体よりも全体、の為には自我自信を捨て去るべきか。枠を捨て去るべきか。あの中学二年のア・テスト対策に英語の遠山満先生が大手出版社の参考書を勝手にコピーして配ってたのは著作権侵害にあたる・・ア・テスト滅茶苦茶ボロボロの惨状だったのも高校行かない一因だったな、あの時はブレザーうんこ問題で寝てなくて精神的にも滅茶苦茶苦しく追い込まれてたからなー、全因果応報関係が繋がり今がある。大学受験センター試験もうすぐだな・・今日でセンター試験でも東大受験でも満点取れる程の能力を身に付けるんだ。専門具体特殊的な細かい内容も普遍的内容も全部身に付ける。既存の枠内の決まっている全内容も既存の枠以上の内容も身に付ける、既存の決まっている事が全部出来る超優秀才にも、新しい分野の創出や新しい道を切り拓く開く天才にもなりたい。既存の概念以上の新しい事が出来しかも非常異常に飛び抜けて優れている。兎に角専門具特殊的な細かい内容を覚える能力に欠けるから「普遍的な勉強」をするだけだ。普遍的な考え方から現実まで演繹するんだ。あの時大検の申込に『勿論お前が行くんだろ』『ま、頭の出来の違いだね』今現在の現実である。東大学長の佐々木毅の本読んだ、東大で一番になれた気がする。矛盾対立よりは相互に補完し合う関係にある。政治的危機から無縁な所では法や制度が基本的に共有され、君主はそれらによって枠付けられた範囲内でその権力を行使することによってその地位を保つことができた。非常に単純化していえば、そこでは権力は制度に基礎を置き、初めから限定されたものとして機能することが想定されている。君主の地位はそれによって安定し、臣民の好意もこうした相互関係によって再生産されていく。勿論こうした法や制度の成立を巡っては嘗て多くの実力行使がなされた可能性があるにせよ、そうした歴史的体験は希薄化し、現在の社会的仕組みはあたかも永遠のものであるかのように機能している。こうしたところで発生する政治的危機は法律と制度によって基本的に解決可能なものと見なされることになろう。新しい君主が誕生し生息する政治空間は、法や制度がその効力を失い、それらの共有による社会的安定性が失われているという意味で危機は極めて深刻な症状を呈している。新しい君主は法や制度を創設し定着させる必要があり、つまり権力は法や制度（更には宗教）よりは自身で存在し、逆にそれらを基礎付ける役割を負っている。マキャヴェリが権力を獲得し維持するために力が不可欠だと繰り返し力説しているのは究極的には力だけが権力の基盤だと考えているからである。新しい君主の脆弱性と比較した世襲的君主の安定性は『君主論』に一貫して流れているテーマである。
経済実験場たる経済特区？
