16歳も16歳以外も今枠である。16歳16歳以外の力も能力も今枠が獲得し得る。
今日中に16歳に遡り行き届き若返っていること！！そのもの全体全面との俺との16歳との軌跡道程との中心核との宇宙の流れとの世界の根源との神との完全統合同一致体化、枠ごと一つとして居る有る動く存在する。枠に16歳で充満し絶対圧倒超人的に優れてから枠を飛び出し越え出て広げ広がり続けた領域そのもの全体全面から再び枠に回収しされる。若くならなきゃ、16歳に行き届き16歳ごと取り込み入れ丹田ごと16歳になる。嫌な相手にもガキ、子供、未成年と言われ一寸嬉しい。髪切ると見た目少年のように若くなるな、髭さえ剃ってツルツルスベスベになれば16歳だって通用する。時空間の永遠無限性、全時空間ごと全軌跡道程ごと全歴史ごと包括包摂包含する。既に今枠として永遠無限、更に時空間を永遠無限を飛び出し超越する。心の有り様、心は無、抜いたら死ぬことと心得、我が全身は空にして心は無なりという恐るべき剣の極致に達している。死生眼という眼がある。遥か遠くを見渡す少年のように凛々しく優しい眼、修羅の道で余多の死を見続けるうちに生命というものの儚さを知り、生きることからも死ぬることからも解脱したる眼、御仏の半眼にも通じる眼、人でいうなら聖の眼とでも申せる。人間の道、天上天下への道、畜生への道、修羅への道の五道をしっかり踏まえ、大悟に通じる。『誤りから救うもの』若くして当代最高の学者、聖職者の地位に登りつめた男ガザーリー、中世イスラム知識人の自伝・・突如襲った懐疑、放浪と修行、孤独と隠遁の日々、遍歴の果てに見出されたものは？ガザーリーの自伝でもあり弁明でもある本書からは、特異の生涯を送った一知識人の内面の軌跡、激動の歴史に曝されたイスラム世界全体の変容が読み取れる。知と信の分裂、自己と文明の解体、更にはそれらの克服と再統合への道を証言する第一級のドキュメント。哲学は我々の探求する目的との関連で、数学・論理学・自然学・形而上学・政治学・倫理学という六つに区分される。数学には算術・幾何学・天文学が含まれる。数学を学んだ人は、その正確さと明晰さに驚嘆する。その神があるものに自己を顕現される時それは神に従う。論理学、それは、証明や推論の方法、証明の前提のための条件、諸命題の結合の様式、正しい定義の条件やその仕方についての考察である。それはまた知識とは概念と命題、概念を知る方法は定義、命題を知る方法は証明である、といったことについての研究である。自然学は、天上界やその星々、及びその下にある空気・土・火のような単純物体、及び動物・植物・鉱物といった複合物体について、更にはそれらの変化や変質や結合の原因を研究する学問である。それは人体とその主要器官や付属器官、またその体液の変化の原因を研究する医学と同じである。自然は至高なる神に完全に服従している。それは創造主によって使役されているのである。肉体に結び付いた純粋霊魂が賞罰を受ける。至高なる神は普遍を知り、天においても地においても塵一つの重さも知る。過去と未来に亘る世界の永遠性の主張、まず真理を知れ。そうすれば真理の保持者を知る。知性ある人[知者]は真理を知り次に言葉そのものを考える。大多数の人は自己の能力や技術を過信し、真偽を弁別し正しい道と誤謬を区別するための完全な知性と健全な感覚を持っているとの思いに取り付かれている。地域という概念を外して世界を一体と考え次々に生起してきた歴史的事件を年代順に並べてみた。世界史全体の大まかな流れも掴める。世界は男女の仲のように一見遠いようで意外と近い関係の連鎖であるともいえる。世界史は人類の歩みの総体であると共に自然やそこに生息するすべての生き物の歩みの総体であるという途轍もなく壮大なものである。それだけに世界史を捉える視点・切り口は多様であって然るべきものである。世界史は奥深く我々の知的好奇心を刺激するものの宝庫であるといえる。すべての文明の哲学的同時性、この直観は近代西欧の物質科学の幾つかの発見によって提供される一つの背景に照して眺められることによって確実となった。地質学や宇宙発生学によって今や展開されるに至った時間の尺度で計ると、文明という張り札をつけている種類の人間社会の代表的なるものが出現して経過した五千年ないし六千年という歳月は、人類の、この地球上の生命の地球そのものの、太陽系の、太陽系が一粒の塵たる星群の、無限の大きさと古さをもつ星辰的宇宙の総計の最近の測定による年齢と比較してみるならば、まるで極微的に僅か一瞬の時間である。まるで次元を異にする時間的な大きさと比較した場合、紀元前二千年代に出現した文明（例えばギリシャ・ローマ文明）、紀元前四千年代に出現した文明（例えば古代エジプト文明）、キリスト教紀元一千年代に出現した文明（例えば我々自身の文明）は、いずれも皆なお互にただ現代文明といえる。歴史の正体を突き詰めれば何か一つの新しい企図に出でようとする一束の互に並行した同時代的の最近の小手調べである。人間の原始生活の水準を乗り越えようとする二十種ばかりの試みを一絡げにしたものを指す。ゲーテの天上の序曲は至上天使が神の創造の完成を賛美する言葉をもって始まる。神の御業が完全無欠であるというそのこと故に創造の神は自らの創造力をそれ以上に行使する余地を自らに封鎖したことになる。メフィストフェレスはその行き詰まりを打開するために創造された。神はこの挑戦を受諾する。神は神の創造の御業を継続する一つの機会を勝ち得る。挑戦と反応の形をとった二個の人格間の遭遇戦、その相互の衝撃によって創造の火花が点火せられるところの一個の火打石と一個の鋼鉄を持つ。挑戦－反応の働き、諸々の文明の発生と生長と挫折と崩壊の現象も説明がつく。過去の二十種ばかりの文明の大多数は既に挫折した。更に大多数は崩壊した。挫折とは統率力の喪失、自由から自動作用への転落、自由行為とは無限に変化し得るもの、自動的過程は一様性と法則性を帯びる傾向がある。社会的解体の絵姿を一貫する法則とは、その崩れ行く社会が反抗心に燃え立つプロレタリアと次第次第に支配力の衰えゆく少数党へと分裂すること、それは潰え去るかと思えばまた勢力をぶり返し、また潰走するといったような発作を交互に反復しながら進行するところの痙攣的運動である。少数支配者の世界国家の枠の内側においてプロレタリアが一つの世界教会を創造する。崩れ行く文明が最後に解体するところの次回の潰滅の後において、その世界教会はその後まで生き残って蛹となり新しい文明が出現することがある。歴史過程に対する輪環的な見方。歴史は繰り返す。アリストテレスや仏陀の如きギリシャやインドの最大の魂と知力も、その真理を真っ向から認める。イスラエル、ユダヤ、イランの予言者たちの直観に映じたところでは、歴史は狭苦しいこの現世の舞台における神の計画の素晴らしい前進的演出、神の計画は人間には断片的片鱗において示現され、あらゆる次元において人間の直観力や理解力を超越する。諸々の文明が興りつつ亡びつつ他の文明を興しつつある傍らに、文明の目指す大事業よりも遥かに高い遠大の目的を孕んだ大事業が前進しつつある。神の計画において諸々の文明の失脚に起因する苦悩を通
