個人と個人、個人と社会、個人と歴史、社会と歴史、社会と歴史、更には、芸術作品と宗教的形象、信仰と哲学思想、哲学と哲学のあいだにも成立すべきものであった。へーゲルの用語法では、個人は自由だ、というのと同じ資格で強い意味で、社会は自由、歴史は自由、芸術家の自由、宗教家の自由、哲学者の自由、と並んで、芸術の自由、宗教の自由、哲学の自由が存在しえた。茫々たる精神の世界が自由がある。歴史の具体的過程の中で自由が問題となるとき、何よりも先ず個人の自由に焦点が当てられる。歴史における自由は個人の自由を原点において成り立つ。自由の理念はキリスト教を通じて世界に齎され、個人は神の愛の対象であり目的である限りで無限の価値を持ち、精神としての神と絶対的な関係を結び、この精神を心の中に宿す使命を帯び、人間は元々最高の自由に達すべく運命づけられている。キリスト教は絶対的自由の宗教であり、人間は人間として無限かつ普遍の価値を持つ。
