意識的観念的のみならず現実にも広げ広がり拡大拡充拡張し埋め尽くすところに自己自分自身そのもの全体全面まで俺という本質がある。だから願望も具体化するべきなんだ。
一切に遍在し一切万有であり一切の存在物であり一切の存在物の心臓の内に宿り一切の認識の対象を超越している、この一切を知る純粋精神、無差別絶対の内我（＝アートマン）に敬礼する。輪廻の根源は無知、知識のみが無知を滅することが出来る。行為もまた生きている間は常に為すべきではないか、行為は知識を補助して解脱に導く。認識主体（＝アートマン）は一切の限定から自由、認識対象を捨て常にアートマンを〔あらゆる限定〕を離れた認識主体であると理解すべきである。「私」と呼ばれるものも既に捨てられた〔身体の〕部分と同じであると理解すべきである。限定が滅したとき認識主体は〔それとは独立して〕確立している。一切万物は非存在となる。統覚機能にのぼった一切のものは〔認識の起きる〕すべての場合に常に私によってみられる。それ故に私は最高ブラフマンである。私は全知者であり一切に遍在している。一切万物がみえるようになる。私（＝アートマン）自身純粋精神を本性としている。幻影からなる活動を捨て常に安らぎに到れ。私は常に最高ブラフマンであり解脱した者のように不生にして唯一者であり二元を欠いているから。そして常に私は一切の生類に対して平等な絶対者である。虚空のように一切に遍満し不壊であり吉祥でありブラフマンである。無知という大きな恐怖の根源から自由となる。虚空が風や他の〔元素〕の生起する前には遍満しているように私は常に唯一者であり一切万有であり純粋精神のみであり一切に遍満し不二である。ブラフマー神（梵天）をはじめとして植物にいたる一切の生物は私の身体である。私は常に一切の生類の中に存する主宰神である、一切の生類の統覚機能は常に私の純粋精神によって照らされるべき対象であるから一切の生類は一切智者にして私の身体、真実の認識は常住、認識主体の認識は永遠、私は前も横も上も下もあらゆる方角にも充満する無限者であり不生であり自分自身に安住している。私は不生不老不死不滅、自ら輝き一切に遍在し不二である。原因より結果より全く無垢であり常に満足し、またそれ故に解脱している、オーム。自己の本性に安住し虚空のように不動である。虚空のように一切生類の中に住しつつも私は〔一切〕生類の諸欠点から自由である。私は目撃者であり観察者であり清浄なブラフマン、それ故に絶対者である。本性上常に解脱しており私はアートマンであり最高ブラフマン、純粋精神のみであり常に不二である。刀は鞘から抜き出されたとき〔光り輝くのが〕見られるように、認識主体は夢眠状態において原因結果から自由となった時に自ら輝くのが見られる。認識主体は虚空のように等質不二、常に解脱しており清浄、私はブラフマンであり絶対者、最高の認識主体、常に一切生類の中にあって解脱している。虚空が一切のものの中にあるように私は実に虚空の中にすら存在している。見者の見は恒常であり清浄であり無限であり絶対、常に解脱しているアートマンを世において想起すべきである。心の乱れと精神統一（三昧）も変化する意に属する。身体なく遍満する私は意なく不変である。私は常に解脱しており清浄であり悟っており為すべきことを成し終えた。私は絶対にして吉祥、業の監督者であり目撃者であり観察者であり恒常、別異と不異、一と多、認識対象と認識主体、行動と行動主体という〔区別は〕誤って想定されたもの、精神を集中して一切をアートマンとして知る、彼は為すべきことを成し終えた修行完成者でありブラフマンを知っているものである。純粋精神のみを光としている私は、すべてのものの身体にあるすべてのものの統覚機能を照らし、私はすべてのもののアートマンである。内も外も含み清浄であり純粋に叡知のみの塊である。「私」「自分自身」という観念も「私の」「自分自身の」という観念も無意味となる時その人はアートマンを知っている者となる。虚空、清らかで無垢であり純粋な叡知のみを有し不二である〔ブラフマン〕についてアートマンである、と理解する。アートマンは「彼は瞑想しているかのようである」それ自身清浄であり解脱している。虚空のように遍満しているか純粋精神、常に解脱している。神々やヴェーダ聖典やすべての浄化法が一に帰する、この精神的な巡礼の聖地において沐浴して人は不死となる。「私」という観念などの一切の変化は、その行為主体をもっており、行為の結果と結び付き、太陽によって〔照らされる〕ように、純粋精神を本性としている〔アートマン〕によって、あらゆる方角から照らされている。それゆえにアートマンは束縛から自由である。虚空のように一切の生物の意に遍満し安住する。主宰神は唯一者である。不浄行為を超越し完璧に無垢であり一切に遍満し束縛なく不二であることが確立された。アートマンは唯一にして一切有類の中にあり一切有類はアートマンの中にある。〔一切有類が〕虚空の中にあるように。〔アートマンが〕清らかに明るく輝いて虚空の如くに一切に遍満したと認められている。彼自身は菩提樹においても彼自身の身体においても平等であると言ったように自分自身を平等であると知るものは最高の梵知者である。虚空のように純粋精神は等質でありアートマンは一切の観念の目撃者、一切智者、無明に基づく行為から生ずる潜在印象が意という拠り所（統覚機能）に顕現し自ら輝く照らされるのを見つつあるアートマンはタイジャサ（光明我）と呼ばれる。清浄であり最高の帰趨、光を持った一切見者は〔覚醒状態において〕直接知覚されるものを棄て〔夢眠状態における〕記憶想起を棄て、あらゆるものを取り込む、〔熟睡状態における〕暗愚を追い払う。太陽が暗闇を追い払うように。一切の恐怖を超越している。全体であり一切に遍満し寂静であり虚空のように安定し一切であり常住であり二元対立を越えている。〔最高のブラフマンは〕自分自身の本性、それ故に私は常に知っている。
