枠は俺の現実特殊専門具体具現実化しさせされた姿だ。
コンパクトに収め纏められた枠の肉体も無限に無限大∞絶対圧倒超人巨大強大壮大絶大甚大激烈壮烈猛烈強烈壮麗、その全能力ごと開解放しさせされれば、そのもの全体全面ごと支配統制統括し埋め尽くせる。キャピタリズム（資本主義）の形は幾つもの教義の解釈の仕方、言語圏に分派しつつある。米国人が横柄な勝利主義者的発想から全世界が模倣すべきと考えているマーケット・キャピタリズムは既に一つの言語に成り下がった。世界を見渡せば、米国流に比肩する強力な言語圏が少なくとも既に二つ存在する。欧州のカルチュラル・キャピタリズムとアジアのコミュニティ・キャピタリズムだ。カルチュラル・キャピタリズムは、その名の通り、神格化する対象を市場より文化に見定めている。その解釈に従えば、何より大事なのは、文化の継続性であり精神的な故郷たる始祖との連帯感である。一方、アジアのそれは家族の延長線上に存在する、ある種のコミュニティを継続させることに最大の努力が払われている。異言語のリスクに今一度世界は目を凝らすべきだ。
