真なる存在は精神であり精神は自らを顕現させることによってのみ存在する。永遠にして一なる存在とその時間的で複数の現出、絶対精神が自然と歴史という前提を自らに与えつつ顕現する。絶対者の自己規定は自らの前提を定立するという仕方で円環を描く。すべての探求が終わったとき元の出発点に到着しその場所を初めて知る。この最後まで残っていた未発見の地は最初の出発点。一つの完全に単純な状態、万のものやがて完きを得む。万のたぐいやがて完きを得む。そのとき炎の舌は悉く抱き寄せられ相結ばれて火の王冠となり、かくて火と薔薇は一つになる。始まりとは終わりのこと、終了することは開始すること、終わりは即ち出発点。現在の時も過去の時も多分未来の時の中にあり、また未来の時は過去の時に含まれる。しかし、もしあらゆる時が常にそこにあるなら、あらゆる時が贖えなくなる。「そうなっていたかもしれない」ことは憶測の世界でのみいつも可能な抽象、「そうなっている」ことも所詮は同じことで、いつもそこにある。ブルジョワ社会は最も発展し多様な歴史的生産組織である。それの諸関係を表現する諸範疇、それの編成と理解は、同時に、滅亡したすべての社会諸形態の編成と生産諸関係の洞察を可能にする。全く単純な範疇でさえ、それが内包を充実させた姿で現れるのは、歴史的には社会の最も発展した状態になってから以外には有り得ない。成育した身体は身体細胞よりも研究しやすい。最後の形態が過去の諸形態を自分自身に到る諸段階と見做す。
