綺羅星の如き全枠だ。
そのもの全体全面まで俺の中で内で内部で枠も中心核として16歳丹田から超ダイナミックでパワフルな大変身を遂げた。肉体という枠を国家という枠を飛び出し超越してグローバルに世界全体を考えイメージするんだ。16歳から軌跡道程を積み重ね上げ体外まで飛び出し広げ広がり続けた、そりゃ16歳では個体として絶対圧倒超人的に優れていたけれど、全部の時期あらゆる頃あらゆる時の枠の軌跡道程のある中心核も出来上がり完成しつつあるし、全体との合一感と内的世界の広大さは今の方が上だ。大抵の宗教ではセックスを容認し肯定し神聖化している、ＳＥＸがしたいよ・・死ぬほどしたい、彼女が恋人が死ぬほど死ぬより欲しい。人間が、その身体機能の超越的な成熟もしくは生理学的体系の突然変異によって脱人間化の契機をつかむとき、彼は霊性的存在への選ぶことができる。人頭霊身は、心身の統合の度合いが最も高度かつ純粋に結晶している状態を示す。人頭霊身とは不老長寿の状態、この最終究極の形態を獲得しようとして、周知の錬金術的な探求と実践が古い時代から執拗な熱意を込めて行われてきた。中国の、特に道教における丹（硫化水銀）の調整法と、ヨーロッパにおける賢者の石による金属変成法こそは、錬金術的方法の東西を代表する体系であった。錬金術とは変容変身の道である、不完全な存在から完全なもの、もしくは超完全な存在への変身の実践こそが神秘的錬金術の目標である。錬金術には次の四つの観念が土台となっている。第一は対応の観念、世界＝人間＝神の三種の存在形態が基本的な対応関係を構成している。マクロコスモスとミクロコスモス、万物と唯一者との調和、天体の星→我々の身体→霊魂の運動が一続きのものとして共働し、地上と天上、自然と人工、金属と生理器官、等々のすべての領域に関わる対応の関係が前提されている。第二は原一性という理念、原物質、そこから個々の元素が分裂し、世界の多様性が発生するところの原素材のことである。タレスにとっての水、ヘラクレイトスにとっての火がそれであるが、錬金術的に再解釈を施された「火」は、哲学の火として卑金属を貴金属に変成する原物質、人間の肉体の不死を維持する原一性である。そして第三は両極性の観念、これは対応の観念から自然に抽出される考え方であるが、太陽と月、上と下、男と女、父と母、陽と陰、明と暗、熱と冷、等のあらゆる対立を包含している。そして最後に統一の観念がくる。原一なるものから生成展開した一切の存在形態が対応と両極性の関係を取り結んでいるとすれば、最終的にそれを統一する原理が要請されるのは当然である。この場合の統一とは、すべての諸対立をそれ自身の内に統一している根本原理を指すのであり、精神と霊魂と身体の三つの原理を統一している原存在をあらわしている。それはより具体的にいえば、男と女、上と下、明と暗のような対立物の聖なる婚姻を意味し、そのことによって得られる新たな誕生における宥和の関係を目指すものである。そしてこのような調和と究極的存在への到達を可能にするものこそが、あの神秘力を持つ結晶といわれる「賢者の石」であるとされたのである。錬金術の目標、独自の神秘思想は、金属の錬成と同じように、人間もまた厳しい試練に耐えて変成されねばならぬとする考えに窺える。錬金術的宇宙図形において、天空を画する三角形の天使たちは、硫黄と塩と水銀との対応を示しているが、その三角点は更に魂と肉体と精神に対応している。それは、人間が宇宙と合一する至高の水準を示す曼陀羅である。ヨーロッパの錬金術に比べて道教の錬金術において取り分け特徴的であると思われる問題は、そこで食餌法と呼吸法の実践が同時に要請されていることである。道教的な神仙＝錬金術の最終目標は、あくまでも気の循環の自在性において永生を獲得することにあり、同時にそのための補助手段として辟穀や服薬が行われているのは、身体の生理学的構造を内面的に変化させる上でそれが絶対必要のものとされているからなのである。中国でも西欧でも、それぞれの錬金術的実践方法が実は一種の身体訓練を行うことによって人頭霊身を獲得する為の魔術的方法でもあった。変身の過程は、同時に心身関係の哲学もしくは心身医学の問題でもある。例えばメルロ＝ポンティは、身体とは知覚する主観と知覚される世界とが同時に開示される場であるという意味のことをいっている。心が身体に作用するとは、身体の活動が生命の水準よりも高い水準に統合され、そして身体が真に人間の身体になったことを意味する。心身が物理的水準、生命的水準、精神的水準のそれぞれを示すのは心身の統合度の違い、いずれの段階においても心と身体は繋がった一つとして把握される。心身の相対的概念とは、交互に作用し合う化学的構成要素の塊としての身体、生物と生物学的環境との弁証法としての身体、社会的主体と集団との弁証法としての身体の一系列を意味し、これらの諸段階の一つ一つは前段階に対して心であり、次の段階に対しては身体である。今この概念の最高の極に、霊的主体と超越的世界との弁証法としての身体という一項を付け加えるならば錬金術的永生の身体的水準をそれは指し示す。心身訓練を経た神秘体験すなわち人頭霊身の変身形式にまで到達する諸過程は、まさに生物的生命から霊性的生命に至るところの、相互に交代可能の弁証法的諸階梯に対応している。インドのヨーガはアジア的瞑想の一形式、本来的に汚れた肉体を精神統一の特殊の肉体訓練によって神聖なる肉体に変容せしめる方法、神聖な肉体の実現、種々の準備的な浄化作用を行うと共に、最終的には瞑想の為の坐法呼吸法を組み合わせることによって、行者の肉体を変質させ宇宙人間的な局面を創造し神秘的な肉体を現成せしめる。肉体の感覚を異常に拡大して超生理学的な経験を引き起こす。坐法と呼吸法の実修は、植物神経系に刺激を与え宇宙生理学的な神聖体験を生ぜせしめる。ヨーガ的身体の構造的特質、身体には神経・血管・毛細管などの無数の脈管が走っており、そこには呼吸法によって送り込まれるプラーナ生気が流れている。器官配置は中国医学の経絡や近代医学の血管や神経のそれに近い。チャクラ（精気中枢）の中には、宇宙的神秘のエネルギーが潜在し、精神集中の坐法と生気を循環させる呼吸法によって発動し活性化する。潜在する神秘的エネルギーがクンダリニー（蛇性エネルギー）といわれる。クンダリニーはチャクラの最下底の部位に蜷局を巻いた蛇状で潜み、ヨーガ的実修の全面的発動と同時に次第に螺旋状に上昇を開始し、順次に上位のチャクラを通過していく。そして最後のチャクラである頭蓋の頂上（大脳皮質）に到達して、そこでシヴァ神と結合するといわれる。この瞬間に、いわゆるヨーガ的瞑想の完成＝解脱が得られ、クンダリニー上昇の過程を、精気中枢のチャクラが燃え上がっていく過程であると考え、火のエネルギーが刺激されることにおいて神秘の肉体が変成せられる。この燃えるエネルギーは性的エネルギーの転化ともシャマニックな神憑りによる心霊現象であるともいえる。ヨーガの瞑想形式は、インド仏教の禅定に基本的な枠組を与え、その後仏教を媒介にして中国に伝えられ中国仏教の展開に大きく貢献した。
