16才を引っ張り引き摺り出し今枠と一つに！！
冷静に見て、今枠と16才ではやはり別人・・それでも16才が見え感じられ手の感覚の届く所まで近付いて来た・・後少しだ。多少力が溜まっても全部中心核に抜かれ奪われ持ってかれ、そのもの全体全面まで取り留めなく広げ広がってしまう・・いずれ一つに合一する為だ。エネルギーを放射するところ、世界中の人々を引き寄せる渦巻の心、中心点、一つの霊場となった。この人が無意識のうちに唯々その存在によって力強い影響を及ぼした。人格、この概念を用いる時私たちは理性的なものの枠の外にあり、この概念と共に私たちは、神秘的なもの、本源的なもの、自然的なものの領域へ入り込む。偉大なる自然、これは、あの世界を引き寄せる力を放射するものに対して、それを表す公式や符牒を探し求める場合に、よく用いられるいまひとつの言葉です。偉大な生命力、祝福に満ちた人間の自然、高遠なる神の子をまのあたりに眺め、それに触れる。はー、もうすぐ２８か・・流石にもう死ぬしかねーか。神の偉大さに促されて神を呼び求める。私の呼び求める神は私の裡にあり、神を呼び求める私は神の内にある。万物が貴方から貴方によって貴方の内に存在する。私は天と地とに満ちている。神は万物に全体として満ちている。万物を包み込む。最も高く善く強く全能であり憐れみ深く正しく隠れて露であり美しく勇ましく、すべてのものを変化させる神よ、すべてのものを新しくし、常に働き休み集め背負い満たし保護し創造し養育し完成し、完全無欠でありながら探し求める。愛し妬み悔いて怒ってしかも心安らかであり、見い出すものを受け入れる。私の神よ、生命よ、聖なる喜びよ。神の愛と罪の許しを乞い求める。幼年時代のことを述べて、神の摂理と永遠をたたえる。神よ、すべての善は貴方からおこり、私の救いはすべて、私の神から来る。幼年時代はなお今に生きている。貴方は、諸々の世のはじめよりも前に、「前に」とさえも呼ばれうるすべてのものより前に、存在して、貴方が創造されたすべてのものの神であり主である。貴方のもとに、すべてのものの原因は恒存し、変化するものの根源は持続し、すべての時間的なものの理念は永続的に生きている。神よ、貴方は嘆願する私に語ってください。憐れみをもって貴方の憐れむべきである私に語ってください。最高の存在と最高の生命は同一のものである。我々自身の、そして我々の先祖の、どんなに多くの日が貴方の今日を経て過ぎ去り、それからその存在の仕方を受けて、それぞれの仕方で存在することであろう。貴方自身は同一であられて、すべての明日のこととそれより後のことを今日すでになされるであろう。そしてすべての昨日のこととそれよりも前のことを今日なされたのである。主よ、私の神よ、貴方は幼児に生命と身体を与え、その身体に感覚を備え付け、その肢体を整え、美しい容姿をもって飾り、それが完全無欠であるように、生命あるもののもつ全ての衝動を植え付けられたのであって、貴方は、貴方を誉め称え、貴方に向かって告白し、最も高いものよ、貴方の御名をうたうことを命じる。全能で善であられる神、一なる者であられる方、貴方からすべての尺度は起こり、最も美しい者であられる方よ、貴方はすべてのものを美しく形成し、貴方の法をもってすべてのものを統べられる。少年のように若々しい。貴方は、その憐れみをもって私を全ての極悪の道から救い出された。貴方がそうされたのは、貴方が私にとって、私の求めたどんな誘惑よりも甘美なものとなり、私が力の及ぶ限り貴方を愛し、心を尽して貴方の御手をとり、貴方が終わりにいたるまで救ってくださるためであった。主よ、私の王よ、私の神よ、私が少年時代に学んだ有益なことはすべて貴方に捧げよう。私の語り書き読み数えることも貴方に捧げよう。私がむなしいことを学んだとき、貴方は私を諭され、私がこれらのむなしいことを学んだ罪をも許された。私はこれらのむなしい事柄から多くの有益な言葉を学んだ。しかし、何という神だ。天宮を激しい雷鳴で震わせるとは。俺はそれを真似た。辛抱強く憐れみ深い真の神であられる貴方は永久に黙せられる。貴方は今この恐ろしい深淵から貴方を探し求め、貴方の喜びを渇き求めている魂を引き出される。
