そのもの全体全面まで俺の今中心核[全枠]！！
そのもの全体全面まで俺の今中心核全枠として居る有る動く存在する。全体ごと包括的に包み込めば個々の細かい一部分も理解出来る筈だ。時々は現実的な枠の身体を肉体を忘れる。ドーバミンもアセチルコリンも薬で結合遮断した薬ごと吐き出した。脳も全身体中の全力全能力全身全霊ごと自体丸ごと対象相手になる。枠からの16歳からの総創想発だ。あらゆる全事象にそうなるべき理由があるとすれば、少し飲まされた薬についてプラスに考えることにした。確かに寝たきりで流した若き日々も神経伝達物質受容体遮断して個人単体としての枠には激烈絶大ダメージだったけれど、神経伝達物質ごと受容体も体外に薬ごと吐き出して領域も広げ広がる運命だったと考える。この感覚的現実世界をも己に一致させる、そうする事で枠も世界も自由自在となる。無時空間的な流れの中、永遠の時間と無限の空間の中に内に内部に居る有る存在する枠、決め付け信じ思い込み16歳になる。冒険のあるところには必ず予め計算があり計算が行き着くところには冒険が現れる。寄り合わされた縄のような形でバランスをとる。対立しているように見えるものを調合させていく。国際金融は、経済学の中でも経済理論と実務が最も複雑かつ微妙に交錯している分野の一つである。膨大な国際資金移動が日々展開されるなかで多くの実務家が国際金融業務を担う一方、経済学徒の多くは、ロバート・マンデル以来の国際マクロ経済学の諸課題に挑んでいる。経済学のプロとアマの一つの違いは、全体として経済宇宙が閉じていることが分かっているかどうかにある。実務家はそのような一般均衡的なセンスに欠けている。一般に、実務家にとって重要なのはローカルな意思決定の合理性であり通常の文脈の中では正しい。経済主体間の相互依存の中に生じる経済問題を考察する場合には、一般均衡的な閉じた体系を頭の中につくり出す必要がある。学者にせよ実務家にせよ、その訓練が出来ている専門家にのみ経済問題を論じる資格がある。勿論実務家の発想は学者にとっても重要である。学者は常に優れた実務家の持つ現実感覚に学ぶべきである。そして見解の対立が生じた場合には、その原因が何かを追求し、真剣に考える。経済学の究極の目的は知見を現実の中に生かすこと、実務家こそがその担い手である。情報が本当に血となり肉となるためには、その情報を自分で加工し価値を生み出す必要がある。複雑系の科学を応用した企業生態系の実現構想「全体は個の総和を上回る」グループ経営が個別企業の力を引き出す。君が謙虚な姿勢を保つ時、その迫力は人を動かし組織を動かす。策に三策あるべし。イノベーションを推進することを重要とする。常に創造的精神を発揮するよう明確な目標を設定するように指示する。更に自己進化し続けることも要求する。古きものを破壊し新しきものを創造して絶えず内部から経済構造を革命化する産業上の突然変異が必要である。始めから世界一を目指す決意があるからこそ世界一を達成できる。客観的に冷静にものを分析して弱点や欠点を着実に埋めていくという理系の目、それを一つ一つ積み上げていく。多くの人は幼い頃の記憶をもっている。戦争の体験や親しい人の生死など内容は様々だが、一生忘れることのない記憶を秘めている。そこには、情景や情感、体の動きや音、時により匂いも浸み通っていて、人生の様々な場面で顔を出す。そしてその後の体験、また願いや祈りや心の傷を通して思い出すことが変化し、また繋がっていく。その積み重ねを人は「経験」と呼ぶ。多様な場での記憶を基にした経験を増やすことが成長の為に極めて大切である。型の教育、潜在力を引き出す教育、多様な経験を積む教育が大切だ。それはITによるバーチャルな教育よりは自分の体験を通した記憶の積み重ねから得られる。その記憶は自分で得るものである。小さく産んで大きく育てることや現場に眠っている智慧を信じて引き出し評価しモデルとして支援し共有してゆくやり方もある。そうした孤立しがちなモデルを支え、そこから学んで全体に還元してゆく行き方もあろう。それは上意下達よりは現場から生まれる可能性を信じ大切にする「現場主義」でもある。経営ごと抜本的に改革し末端まで意識を技術を浸透させる。経営の側からこそ見える視座や改革への道がある。暗澹とした法外に責任の重い問題の只中にあって快活をもつ。力が有り余ってこそ始めて力の証拠である。あらゆる価値の価値転換、この疑問符は、それを附ける人自身の上に暗影を投ずるほど黒々と巨怪なものであるが、かかる運命的な課題は日向に駆け出して行って、余りにも重苦しい厳粛さを振るい落とすように何度も強いる。そのためには、どんな手段でも間に合うし、どんな場合でも意外な授かり物である。取り分け戦争がいい。戦争は何時にでも余りに内面的になり深くなったすべての精神の偉大な賢明さであった。傷つくことにさえなお治癒する力が宿っているのである。その出所は博識な好奇心のために保留して置くが、或る格言が久しい前から私の標語であった、曰く、傷によって生気は増し力は生長する、もう一つ別の快癒の仕方、事情に依ってはこの方が一層私には望ましいのだが、それは偶像を聴診することである。世の中には実在のものより偶像の方が多い。君は本物？俳優？代表者？代表された者？幸福の法式、一つの然り、一つの否、一つの直線、一つの目標・・生が上昇している限り幸福即本能である。
